研究課題/領域番号 |
20K22668
|
研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
松本 哲也 岡山大学, 環境生命科学研究科, 特任助教 (80876243)
|
研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
|
キーワード | 生物多様性 / 分類 / テンナンショウ属 |
研究実績の概要 |
テンナンショウ属はサトイモ科の多年生草本で,約180種のうち53種が日本に分布する.日本産テンナンショウ属の大半 (48種) を構成するマムシグサ節は,種間の遺伝的分化が小さく,日本で急速に種分化したと考えられている.このうち,草丈が高く小葉数が多いマムシグサ群は,種を特徴づける形質に乏しく分類が困難とされる.近年,混生するマムシグサ群複数種が異なるキノコバエ類を送粉者として使い分けることが報告されている.キノコバエ類は花の外見よりも匂いで植物種を識別するため,これまで形態的に区別されていないマムシグサ群の種内に,異なるキノコバエ類を利用する隠蔽種が混在している可能性が考えられる.日本産テンナンショウ属には分布域が狭い希少種も多く知られており,このような種多様性の過小評価は,生物多様性の保全の観点からきわめて大きな問題といえる.そこで本研究では,マムシグサ群でも特に派生的形質に乏しく同定が困難な広義マムシグサの分類を訪花昆虫相に基づいて再検討することを目的とし,岡山県全域の地域個体群を対象に,①訪花昆虫相の調査,②分類形質18項目の測定,③MIG-seqで得られたSNPデータに基づく遺伝解析を実施した. 2020年に調査した県北部では,訪花昆虫の約64%をキノコバエ類が構成していた.キノコバエ科が採れた広義マムシグサ135個体には,異なるキノコバエを誘引する2群 (仮にグループ1,2とする) が認められた.分類形質18項目中14項目では群間に有意差があったが,変異は連続的であり識別は困難だった.SNPデータを利用した遺伝解析の結果,遺伝的に異なる3系統 (系統A,B,C) が見いだされ,系統Aはグループ1,系統B・Cはグループ2におおむね対応することが明らかとなった.以上の結果から,岡山県では送粉者の異なる複数種が広義マムシグサとして一括りにされていることが強く示唆された.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
広義マムシグサの開花時期である春先に新型コロナウイルス感染症の全国的流行が生じ,残念ながら開花の比較的早い県南部での野外調査のほとんどが頓挫した.しかし,その後適切な対策をとりつつ開花が遅い県北部の複数集団で野外調査を進めた結果,期待通り送粉者相の多型が調査地全体で見いだされた.さらにMIG-seqで得られたSNPデータを解析したところ,送粉者相の分化と遺伝子型がおおむね一致するという,仮説を強く支持する結果が得られた.したがって,当初予定していた県全域での調査は実現しなかったものの,「同定が困難な広義マムシグサの分類を訪花昆虫相に基づいて再検討する」という目的自体はある程度達成されたと考えられる.また,2020年に得られた結果に基づき,学会発表を計2件行った.
|
今後の研究の推進方策 |
生物多様性の保全の観点から,これまでに発見された隠蔽種の県内全体での分布を明らかにするとともに,さらなる隠蔽種の探索を進めることで,各隠蔽種の希少性を正確に評価する必要がある.そのため,2020年には実施できなかった県南部における広域調査を実施しようと考えている.さらに,2020年には採取されたキノコバエ科昆虫を外観に基づいて属レベルで同定していたが,同属のキノコバエを誘引していた系統BとCが,実際には異なる種を使い分けている可能性が考えられる.したがって,交尾器などの微細な分類形質の観察やDNAバーコーディングを実施することで,送粉者の同定を種レベルで進める必要がある.最終的には,これらの結果を合わせて国際誌に原著論文として投稿する予定である.
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の流行に伴い,当初予定していた県外の博物館・大学への標本調査が実施できなくなった結果,使用予定だった旅費などに残額が生じた.今後,状況が良くなれば,必要な対策をとりつつ2021年中に調査を実施したい.
|