2020年から2021年にかけて,岡山県全域の広義マムシグサ50集団を対象に,訪花昆虫相と分類形質18項目の広域調査を行ったところ,形態では区別できないものの異なる送粉キノコバエを使い分ける隠蔽種2種が見いだされた.MIG-seq法で得たSNPデータを用いてSTRUCTURE解析を実施した結果,これらの隠蔽種間には若干の遺伝的分化が認められた. 以上の結果を踏まえ,種の独立性を生殖的隔離の強度に基づいて客観的に評価するために,2022年には混生集団1カ所を対象として2種の分布標高 (空間的隔離),開花期 (季節的隔離),訪花昆虫相 (送粉者隔離) の重点的調査を行った.これらの野外データから,Matsumoto et al. (2021) の計算法に従い,種間での生殖的隔離の強度を推定した. まず訪花昆虫相に基づいて隠蔽種の判別を行い,分布標高と開花期を比較したところ,いずれも種間で大幅な重複が認められた.結果として,今回検討した3つの隔離機構のうち,送粉者隔離が最も強度が高かった.しかし,形態的に容易に区別可能なテンナンショウ属20ペアの数値 (Matsumoto et al. 2021) と比較すると,3つの隔離機構の積算値である生殖的隔離の強度はやや低い傾向にあった.過去3年間の結果を総合すると,今回見出された隠蔽種2種は,送粉者シフトに起因する種分化のごく初期段階にある可能性が高い.
|