研究課題/領域番号 |
20K22730
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
柏木 彩花 北海道大学, 医学研究院, 特任助教 (60880002)
|
研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
|
キーワード | シグナル伝達 / Ras-PI3K複合体 / Na,K-ATPase / エンドサイトーシス / 時空間的制御 / 蛍光バイオイメージング |
研究実績の概要 |
Na,K-ATPaseは形質膜におけるNa,Kポンプとしての役割だけではなく、細胞内シグナル伝達や細胞接着などへの関与が注目を集めている。例えば、ポンプ阻害薬は細胞質のイオン濃度に影響を与えない低濃度において複数種のウイルスの取り込みに影響を与えることが報告されている。これらの報告はSrcシグナルでその現象を説明しているものの、Srcシグナルがウイルスの取り込みに与える影響については一致した見解が得られていない。すなわち、Na,K-ATPaseがどういったメカニズムでエンドサイトーシスを制御するのかについては大いに議論の余地がある。 当研究室では、Ras-phosphoinositide 3-kinase (PI3K)複合体がエンドソームに局在することでエンドサイトーシスを制御することを報告し、局在制御の候補因子としてNa,K-ATPaseのβ1サブユニットを同定した。本研究では、β1サブユニットによるRas-PI3Kシグナル伝達の時空間的制御という観点から、Na,K-ATPaseによるエンドサイトーシス制御メカニズムを解明する。本年度は、β1サブユニットを過剰発現させた細胞でデキストラン取り込みが抑制されるのみならず、酸性オルガネラのpHを上昇させることを確認した。また低濃度のポンプ阻害薬はデキストランの取り込みを亢進させ、酸性オルガネラのpHを低下させた。すなわち、β1サブユニットがエンドソームの成熟の過程を阻害すること、さらにそれが局所でのポンプ機能を介したものである可能性が示唆された。 また、β1サブユニットによるRas-PI3K複合体の局在制御がβ1サブユニットとPI3Kの直接の相互作用に依存するかどうかを明らかにするため、細胞質ドメインを欠損したβ1サブユニットをmCherryで標識したコンストラクトを作製し、その発現を蛍光顕微鏡で確認した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
β1サブユニットの過剰発現によってRas-PI3K複合体のエンドソーム移行が抑えられ、エンドサイトーシスが抑制されることが明らかになっている細胞株において、β1サブユニットを過剰に発現させると酸性オルガネラのpHが上昇すること、上皮成長因子刺激時のエンドソームの形成と輸送が抑制されることが示された。さらに同じ細胞株において、ポンプ阻害薬がデキストランの取り込みと酸性オルガネラのpHに対してβ1サブユニットの過剰発現時とは逆の影響を与えることが確かめられた。すなわち、β1サブユニットがエンドサイトーシスに対し、その成熟や輸送の過程において抑制的に働く因子であることが確かめられるとともに、そのメカニズムにはポンプ機能が関与している可能性が示唆された。 また、β1サブユニットにおけるPI3K結合部位をプルダウンアッセイにより同定しようとしたが、いずれのトランケーション変異体もPI3Kとの相互作用が見られた。ウェスタンブロットにおいてPI3Kと相互作用するβ1サブユニットに糖鎖修飾を示唆するバンドがあることから、トポロジーが正常なβ1サブユニットがPI3Kと相互作用しており、細胞質ドメインを欠損させれば直接の相互作用は起こらなくなると考えた。これに基づき、今後の解析に用いる蛍光タンパク質標識β1サブユニット細胞質ドメイン欠損変異体を作製した。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は実験の対象をβ1サブユニット発現量の異なる複数の細胞株に広げ、β1サブユニットの発現量とRas-PI3K複合体のエンドソーム移行やエンドサイトーシスとの間に相関があるかどうかを確かめる。またβ1発現量がある程度高く、なおかつ上皮成長因子刺激によってRas-PI3K複合体のエンドソーム移行が見られる細胞株が見つかった場合、これをβ1サブユニットのノックダウンないしノックアウト実験に用いる。 これとともに、PI3Kとの直接の相互作用がRas-PI3K複合体の局在制御に必要であるかどうかを確かめるため、細胞質ドメイン欠損変異体を用いた解析を行う。 また、ポンプ阻害薬についても複数の細胞株を用いる。これまでのエンドソームでのみポンプ機能を阻害するとされる低濃度だけではなく、細胞質のイオン濃度に影響を与える高濃度でも検討を行い、Ras-PI3K複合体のエンドソーム移行を評価する。ポンプ機能の関与を示唆する結果が得られた場合は、野生型ないしポンプ機能不全変異体のα1サブユニットを過剰発現させ、あるいはノックダウン・ノックアウト実験を行うことでポンプ機能の関与を証明する。また、それらの細胞株でβ1サブユニットを過剰に発現させた際のα1サブユニットの発現量やポンプ機能の確認を行う。 以上の方策により、Na,K-ATPaseによるエンドサイトーシス制御機構を明らかにする。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の蔓延により在宅勤務となった期間があり、また申請時に予定していた学会への参加や外部研究者とのディスカッションを取りやめることとなったため。 本年度は研究に専念した結果、本研究の今後の計画と方針をより明確にすることができた。これにより次年度は、仮説の検証のためにより多くのサンプルを用意して実験を行うことが想定され、そのために本年度よりも多くの細胞培養試薬および器具、遺伝子工学関連試薬、遺伝子導入試薬等が必要になることが予想される。また、今後得られる実験結果をより迅速に解析するため、画像解析に適う性能を持つコンピュータおよび関連機器の購入を予定している。
|