がん細胞が基底膜を通過し間質組織内に浸潤したとき、つまりがん細胞と正常間質細胞が初めて接触した際、両者間でどのような相互作用が生じるのかはほとんど分かっていない。我々の研究グループの予備的実験より、低悪性度のRas 単独変異細胞は正常間質細胞により駆逐されるが、高悪制度のAPC/Ras 二重変異細胞はその排除圧を凌駕することで間質組織内に腫瘍を形成することを示唆する結果が得られている。本研究では、これらの悪性度の異なるがん細胞と正常間質細胞、とりわけ代表的な間質細胞である線維芽細胞との細胞間相互作用の様子をマウスや培養細胞を用いて明らかにすることを目的としている。本年度はin vitroで正常線維芽細胞とがん細胞の細胞間相互作用を観察した。ヒト正常乳腺上皮細胞において薬剤依存的に活性化型RASを発現誘導することができる細胞(RAS単独変異細胞)及び、RAS単独変異細胞において分解耐性型β-カテニン(β-カテニンΔN)を恒常的に発現する細胞(β-カテニン/RAS二重変異細胞)を作製した。これらの悪制度の異なるがん細胞を正常線維芽細胞と共培養した。RAS単独変異細胞と正常線維芽細胞を共培養すると正常線維芽細胞と接している細胞において、細胞内に液胞が蓄積した。一方で、β-カテニン/RAS二重変異細胞と正常線維芽細胞を共培養すると、線維芽細胞と接していても液胞化が減弱されており、β-カテニン/RAS二重変異細胞は大きなコロニーを形成した。またタイムラプス撮影により、RAS単独変異細胞と正常線維芽細胞の相互作用の様子を経時的に調べると、液胞化した細胞の培養皿からの脱着が観察された。これらの結果より、正常線維芽細胞はRAS単独変異細胞に対してはがん抑制的に働くが、APC/Ras 二重変異細胞に対しては形質転換を誘導する可能性が示唆された。
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