DNAやヒストンが化学修飾を受け遺伝子の発現を制御する「エピジェネティクス」の概念に加え、RNAの化学修飾が様々な細胞内プロセスを制御する「エピトランスクリプトミクス」の概念が定着しつつある。先行研究において申請者らはmRNA転写後修飾の一つであるN 6-メチルアデノシン(m6A) 修飾を認識しメチル基を除去するFat mass and obesity-associated (FTO)に着目し、口腔がんにおいてFTOが細胞周期制御因子の一つであるサイクリンD1の発現を調整し、細胞周期の制御を行っていることを見出した。FTOやm6A修飾が口腔がんの新規バイオマーカーになり得ることが示唆されたため、本研究では、口腔がんにおける新規バイオマーカーの探索やRNA修飾を介した新規治療標的の探索を目的に研究を行った。 文書による同意を得られた口腔がん患者を対象に、手術時に摘出した腫瘍組織ならびに隣接する健常組織からmRNAを抽出し、質量分析装置を用いてm6A修飾レベルの測定、またリアルタイムPCRを用いてFTOやサイクリンD1のmRNA発現レベルを測定した。その結果、m6A修飾は、健常組織と比較して腫瘍組織で修飾レベルが有意に低いことがわかった。また、FTOの発現は、健常組織より腫瘍組織で高く、FTOの発現とサイクリンD1の発現に相関性を認めた。このことから、FTOの発現レベルが口腔がんのバイオマーカーとなり得る可能性が示唆された。 さらには、m6Aを含む様々なRNA修飾がR-loopと呼ばれる、悪性腫瘍で蓄積するDNA:RNAハイブリッドとDNA1本鎖からなる構造物に存在し、口腔がんにおいてR-loop形成の制御を行っていることが示唆された。R-loopの蓄積はゲノム不安定性を招き悪性腫瘍を誘発することから、RNA修飾を標的とした新規治療法開発の可能性を見出した。
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