本研究の目的は、伊勢湾で長年漁をしてきた高齢漁師の生きる論理を見出すことであった。当初、本研究は高齢漁師の健康問題に着目し、老いとのつき合い方について記述することを目指していた。けれども、調査を行った漁港の漁師らは、湾の外側で遠洋漁業を行う漁師とは状況が異なることもあり、事前に聞いていたような健康管理行動上の問題は見られなかった。むしろ、調査した漁師らにとって目下の大きな問題は、近年の漁獲量の顕著な減少であった。そこで、本研究はおのずと彼らの伊勢湾との向き合い方・つき合い方を調査することとなった。 伊勢湾の中でも比較的北部にある当漁港は、かつてアナゴやカニといった、海底に生息する魚介類の漁で栄えた港である。けれども、それらの漁獲量の減少に伴い、漁業者も減少傾向にあった。研究者は数名の漁師からこれまでの生活歴と、具体的にどのような経緯で魚が獲れなくなったのか聞き取りを行った。特に最終年度は、他の漁師らから「あの人がよく知っている」と度々言われた、一人の漁師Aに数回にわたり聞き取りを行った他、その事実確認のため三重県水産研究所および漁港を管轄する漁業組合での聞き取りや資料収集を行った。その結果、干潟の埋め立てや昭和の時代に起きた公害問題などが漁師の実感としても確かに海に悪影響を及ぼしていたこと、そして海苔の養殖に用いる酸処理や長良川の河口堰の建設といった因果関係がまだ証明されていないことも魚の減少の要因として捉えられていること、並びに行政が伊勢湾再生に向けて事業に取り組むようになったのは平成9年であるのに対し、Aが海にはっきりと異変を感じたのは昭和60年のことであり、そこにはおよそ10年の年月が経っていたことがわかった。ただし、現状についてAは「何が悪いというわけでもない」とも話した。その言葉は、長年伊勢湾で漁をして生活してきた彼の経験の厚みを垣間見るようであった。
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