本研究は、バーチャルリアリティ技術を用いて仮想空間への没入体験をした際に、仮想空間内の視覚的表現が、自身がその場にいると感じる「臨場感」に与える影響を確かめるために、空間内に配置する三次元立体の光学特性および幾何特性を変化させることで、視覚表現の現実性が臨場感に与える影響を明らかにすることを目的とした。本年度は立体の光学特性・幾何特性の違いが視覚認知処理に与えた影響を確かめるために、記憶した立体を想起する際の脳波事象関連電位(ERP)を測定した。実験刺激には、仮想空間に配置する三次元立体として動物の立体を用いた。実験条件は、現実と同じように立体表面の色が高階調かつ立体を構成する面数の多い三次元立体を配置した現実忠実条件の他に、低階調かつ面数の多い三次元立体を配置した低階調条件、高階調かつ面数の少ない三次元立体を配置した小面数条件であった。実験は条件ごとに行い、実際に仮想空間内を移動しながら三次元立体の色と形の組み合わせを標的刺激として記憶する探索課題の後に、ディスプレイ上に連続して提示される三次元立体の画像の内、標的刺激に対してボタン押下で回答する記憶課題を行なった。ERPは記憶課題時に刺激が提示されたタイミングで導出した。結果として、ERPの解析において条件間による明確な違いが見られなかった。同時に取得した反応時間・正答率においても条件間による明確な違いが見られなかったものの、各条件の没入感に関する主観評価では現実忠実条件が最も没入感が高かった。今回、立体の光学特性・幾何特性の違いによる影響が主観評価以外で確認されなかった要因として、仮想空間に配置した三次元立体が被験者にとって既知のものであったため、長期記憶に基づいて視覚認知が補正された可能性がある。そのため、今後の研究では、未知の新奇立体を用いることで認知の補正がない場合での視覚的表現が臨場感に与える影響を確かめる。
|