研究課題
スペイン領テネリフェ島テイデ観測所に設置した宇宙マイクロ波背景放射(CMB)偏光観測望遠鏡GroundBIRD(GB)に搭載する145GHz帯観測用超伝導検出器MKIDの試験観測用1チップ23ピクセルをオランダSRONと協力して完成させた。これを令和3年12月にGBに搭載し、試験観測を開始した。月の観測データを用いたビームパターン測定を開始した。観測施設内の温度・湿度モニターを開発して設置した。望遠鏡を逆回転できる機構も完成させた。並行して電磁界数値シミュレーターを用いた145GHz帯および220GHz帯の本観測で用いるMKID検出器設計の最適化を行った。本研究計画で開発する検出器がフル装備されることで達成できるサイエンスのforecast論文を査読論文として出版した。前景成分と呼ばれるCMB観測データに混入する天体起源のシグナルを観測データから精度よく除去し、CMB成分を抽出する手法の開発を推進した。偏光マップをフーリエ変換し、偏光EモードとBモードを分離し、Eモードをゼロにした後フーリエ逆変換したマップを作り、そのマップに対してInternal linear combinationと呼ばれる手法を適応することで、宇宙創成期のモデルの検証に必要な精度でCMB成分を抽出できることを示した。高精度CMB観測の実施により大幅な理解の進展が期待される星間塵からの放射の物理モデル構築を行った。塵粒子が保持する熱エネルギー以上のエネルギーを持つ光子を放出できないという制限がこれまでの研究で考慮されていないことに気づいた。この制限を課すことで星間塵の温度分布および放射スペクトルがこれまでの結果から大きく異なることを示した。また、これまでの研究では星間塵の温度がCMBの温度を著しく下回る場合が現れ問題しされていたが、上記の制限を課すことでそのようなことが現れなくなることを示した。
2: おおむね順調に進展している
GBによるCMB偏光観測実験推進に関わる本年度までの到達目標は、以下の3つであった。一つ目は、145GHz帯を観測する超伝導検出器MKIDをフルスペック(6チップ・138素子)で完成させ試験観測を開始することであった。制作を担当するオランダ宇宙研究所(SRON)のデルフトからライデンへの引っ越し時期と重なり、試験観測用145GHz帯MKID 1チップ・23素子のみの提供となった。制作後設計値が最適値から多少外れていることが判明した。また、レンズへの反射防止膜のコーティングが上手く行かず、反射防止処置無しの状態で提供された。これらによる性能劣化は高々50%程度なので、本研究費で学生をテネリフェに派遣しこの検出器をGBへ搭載し試験観測を開始した。素子数の計画からの大幅減と性能の最適値からの低減が生じたが、初めて本格的検出器アレイを搭載して試験観測を開始することろまで到達できた。また、フルスペックの検出器作成前に設計ミスに気がつくことが出来、設計の見直しができたことは幸いであった。二つ目は、220GHz帯を観測するMKIDの設計の完成である。電磁界数値シミュレーション等を駆使して基本設計はほぼ完了した。三つ目は、望遠鏡のインフラとデータ解析環境の整備である。現地に滞在する研究者と分担者鈴木が指導する学生が主体となり、着実に進展した。CMB観測データからの前景放射成分除去に関しては、全天観測データに対してどのような処置をとれば、目標とする情報を引き出すことができるか示すことができた。現在雑音を入れたマップに対して、ここまで開発した手法が適応できるかどうか調べている。星間塵の放射過程の物理モデル構築に関しては、先行研究の根本的問題点に気づきその改良に成功した。査読論文の執筆に取り掛かった。国際会議への参加等対面での海外研究者との情報交換がコロナのせいで制限された。
GBによるCMB偏光観測実験推進に関わる本年度の計画は以下のものである。前年度に引き続き試験観測を実施し、本観測で取得するデータの校正に必要な基本データを取得しデータ解析環境を整備する。本観測用145GHz帯MKID 3チップ69素子を完成させGBに搭載し、本観測を始動する。そのために前年度、レンズへの反射防止膜装着およびレンズと検出器との接着がうまく以下なった。まずは、これらが失敗した原因を洗い出し、作業手法をSRONの研究者と協力して確立する。作成に必要なフォトマスクを本研究費で作成する。並行して220GHz帯を観測するMKIDの設計を完成させる。電磁界数値シミュレーターと天体観測のデータを合わせてGB望遠鏡のビームパターンモデルの第一版を完成させる。CMB観測データからの前景放射成分除去手法開発の計画は以下のものである。装置雑音を含めた雑音を入れたマップを作成し、ここまで開発した手法で何処までCMB成分を精度よく引き出せるか調べる。手法の限界が明らかになった場合は、他の手法の開発を行う。ここまでの成果の一部を査読論文にまとめて発表する。並行して、形成期の銀河からのエネルギー放出による銀河間ガスの加熱過程がCMBスペクトルの歪みに与える影響の理論的研究に着手する。星間塵の放射過程の研究に関する、ここまでの成果を査読論文として発表する。ここまで開発した手法を赤外線観測衛星AKARI遠赤外線全天地図に適応し、星間塵スペクトル全天地図を作成する研究に着手する。
当初、オランダ宇宙研究所(SRON)で作成した超伝導検出器の性能評価実験のため大学院生をSRONに派遣する予定であった。しかし、コロナの影響で研究所外の研究者がSRON内での実験への参加が禁止されたため諦め、現地の研究者に性能評価実験を実施してもらった。SRONの引っ越しが昨年度前半と重なったためGroundBIRDの本観測で使用する検出器作成に遅れが生じ、昨年度は試験観測用検出器のみの作成となり、検出器作成に掛かる経費が今年度に持ち越しになった。昨年度計画していた本観測用検出器開発を行い、評価実験のためSRONに学生を派遣する。本年度GroundBIRD実験の開発に携わるためのテネリフェへの国内の研究者を派遣がコロナ流行が下火になった昨年秋に限られたため、派遣旅費の負担が減った。分担者の梨本が、欧州で行われる星間塵の国際会議に出席し、そのままフランスの研究協力者の元に滞在して共同研究を実施する予定であったが、コロナの影響で国際会議が延期になり、この海外渡航が行われなかった。今年度、欧州で行われる対面での国際会議に出席し海外研究協力者との共同研究に着手する。宇宙マイクロ波背景放射観測データ解析手法解析および星間塵からの放射機構の研究に関しては、担当する学生の教育と研究の屋台骨を支える計算コードの開発に専念してきた。今年度から海外研究協力機関への派遣を行い具体的な共同研究に着手する。
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