研究課題/領域番号 |
20KK0184
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
日野原 邦彦 名古屋大学, 医学系研究科, 特任准教授 (50549467)
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研究分担者 |
小嶋 泰弘 名古屋大学, 医学系研究科, 研究員 (00881731)
加藤 真一郎 名古屋大学, 医学系研究科, 特任助教 (40751417)
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研究期間 (年度) |
2020-10-27 – 2023-03-31
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キーワード | SWI/SNF / エピゲノム / がん細胞多様性 |
研究実績の概要 |
本年度は、海外共同研究機関からARID2変異陽性のメラノーマ細胞とタキサン系抗癌剤耐性乳がん細胞の提供を受け、これらの細胞株に対して野生型ARID2を導入した細胞実験モデルの構築を行った。本モデルを用いてARID2が実際に細胞増殖に関与するかを検証したところ、ARID2レスキューによってメラノーマ・薬剤耐性乳がん共に細胞増殖能が低下することを見出した。これらの知見はそれぞれのコンテクストにおけるARID2の重要性を示唆するものであった。加えて、ARID2野生型のメラノーマ細胞と薬剤感受性乳がん細胞を対象とし、CRISPR/Cas9を用いてARID2ノックアウト細胞株を樹立した。メラノーマでは発症初期に認められるARID2の機能欠失変異に一致してARID2のノックアウトによって細胞増殖能の亢進が認められたことに加え、メラノサイト細胞系譜特有の表現型であるメラニン産生が低下することを明らかにした。これらは、我々が想定した細胞系譜もしくは時期特異的なARID2変異の生物学的意義を間接的に示唆するものと考える。一方、薬剤感受性乳がん細胞ではARID2ノックアウトによる細胞増殖能の亢進・薬剤耐性化は認められなかったことから、進行再発乳がんに認められるARID2変異は薬剤耐性化のドライバー因子ではなく耐性化した細胞の増殖能に関わるものと考えられた。加えて、来年度に実施予定の1細胞解析に先立ち、これらのモデル細胞株のバルクRNA-seq解析を行い、ARID2のレスキューによって薬剤耐性乳がんの炎症応答パスウェイが変化することを明らかにした。海外共同研究機関とはウェブベースでのミーティングを随時オンラインにて行っており、本年度の研究成果をもとに来年度以降で海外共同研究者の保有する最先端エピゲノム研究の見地を取り入れた研究を展開していくための議論を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画に沿って、海外共同研究機関からARID2変異メラノーマ細胞とARID2変異薬剤耐性乳がん細胞の提供を受け、これらを対象とした野生型ARID2のレスキュー系を樹立した。SWI/SNF複合体を構成する因子群は、片側アレルの不活化変異に伴う遺伝子発現の量的な低下によって野生型表現型を失うこと(Haploinsufficiency)が知られており、我々の細胞株モデルも1アレルに不活化変異を有していることから、ドキシサイクリン誘導性に野生型ARID2を発現するレンチウイルスを1細胞につき1コピー導入が起こるように低タイターで感染させた。ARID2の1コピーレスキューによってメラノーマ・耐性乳がん共に細胞増殖能の低下が認められたことから、今後実施予定の1細胞解析を基軸としたマルチモーダル解析に供する細胞株モデルを確立できたと考えている。これらのレスキューモデルに対するコントロールとして、野生型ARID2を保有する複数の細胞株についてもARID2ノックアウト細胞株を樹立した。耐性乳がん細胞株におけるARID2レベルの変化がどのようにトランスクリプトームに影響するかについては、既にバルクレベルのRNA-seq解析を終えており、ARID2のレスキューによって炎症応答パスウェイが変化することを見出している。この結果は、作成したモデル細胞株においてARID2のレスキューがトランスクリプトームレベルで作用していることを示しており、来年度以降、1細胞RNA-seq・ATAC-seqを行うことで、バルクレベルと1細胞レベルでのトランスクリプトーム・エピゲノム変化の対応関係を明らかにするための準備が整ったと言える。以上のように、当初の研究計画はおおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
ARID2の発現レベルにおける量的変化がいかにしてトランスクリプトームやエピゲノムといった細胞表現型の多様性に寄与し得るかを明らかにするには、ARID2の変化がどのような1細胞レベルの変化を引き起こすかについて1細胞RNA-seq・ATAC-seqによる解析を推進する必要がある。当初の予定では、1細胞エピゲノム解析のエキスパートである海外共同研究機関現地にてサポートを受けることでこれらの解析を実施していく予定としていたが、現状では新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で海外への渡航が厳しく制限されている。そこで、研究の進捗への影響を最小限とするために、現在ウェブベースでリモートにて海外共同研究機関からハンズオントレーニングを受ける準備を進めている。1細胞解析装置等の実験設備は研究代表者の所属機関に配備済みであることから、リモートトレーニングによって技術的に習熟した後には迅速に1細胞解析の実施へと移行することが可能である。渡航制限が解除された際には海外共同研究機関に赴き、現地研究者との緊密な連携のもと実験と解析を推進していく予定としている。1細胞データの解析では、ARID2レスキューによってトランスクリプトームのクラスター(細胞集団)が新たに出現するかどうか、新規に出現したトランスクリプトームのクラスターがエピゲノムレベルでの新規のクラスター出現により実現されているのかを検証し、トランスクリプトーム多様性の背後に、エピゲノム変化による転写現象の確率的なゆらぎの増大があるのか、エピゲノム自体の多様化があるのかを明らかにしていく。これらの1細胞形質動態から、異なるがん病態・がん種にまたがるARID2変異の腫瘍生物学的な意義を見出す。
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