1980年代以降従来の抗菌薬が効かない薬剤耐性菌の発生が世界的な問題となっている。多様な薬剤耐性菌が発生する原因の一つとして,特異性の低い抗菌剤によって主たる病原菌以外にも様々な細菌に選択圧がかかることが挙げられる。クォラムセンシング(QS)阻害物質は,高特異的に細菌の病原因子生産やバイオフィルム形成を阻害するだけでなく,基本的に殺菌作用を示さないので,細菌が薬剤の選択圧にさらされることがない。このような特徴により,QS阻害物質は薬剤耐性菌発生リスクの低い抗菌剤のリード化合物になると期待されている。また近年,QS阻害物質はその高い特異性によって,ドラッグデリバリー物質としても関心を集めている。本課題ではQS阻害天然物の全合成と応用に向けた研究を実施した。 (1)Staphylococcus aureusのQS阻害物質leotiomycene Aの合成研究 分子唯一の不斉点の構築にあたり,昨年度まで不斉有機触媒を用いた環化反応を鍵反応として合成を進めていたが,試みは全て不首尾に終わった。加えて,環化前駆体を収率良く調製することが困難だったため,最終年度は標的分子がもつキサンテン骨格を分子内アリールエーテル化によって先に構築後,求核付加反応をエナンチオ選択的に行うことで不斉点を導入する計画に変更した。これまでのところ,効率的にキサンテン骨格を形成することに成功しており,拠り所にしている文献の通りに立体選択的に側鎖導入を実現できれば,leotiomycene Aの全合成を残り数工程で達成できると考えている。 (2)Chromobacterium violaceumのQS阻害物質aculene Dの合成研究 (-)-Camphorから5工程の変換で調製可能な既知物質を出発原料に用い,ジアステレオ選択的な求核付加反応等を鍵反応にしてaculene Dの初の全合成を達成し,国際誌にて発表した。
|