研究課題
本年度は、国際共同研究用のマウスの準備と1細胞解析のための細胞分離条件の基礎検討並びに1細胞分離とシークエンスを完了した。現在、共同研究先であるロンドン大学へのマウス輸送が困難な状況であったため、Chromium (10x Genomics社)を用いた1細胞分離は共同研究先である生理学研究所にて行う事とした。所属機関にて事前に若齢マウス組織を用いて1細胞分離での細胞生存率を最適化したものの、共同研究先において実際に解析を行う加齢組織で細胞分離を行ったところ、著しく生存率が低下した。問題を解決するために分離条件を調整し、1細胞分離を完了し、ライブラリ作成およびシークエンスに成功した。現在情報解析を進めている。また、網膜ではP2Y6受容体遺伝子は主にミクログリアに発現している事を明らかにした。ミクログリアの維持に必須であるColony Stimulating Factor 1 (CSF1)受容体に対する拮抗薬であるPLX5622の投与によりミクログリアの性質をリセットすると網膜の細胞老化遺伝子の発現が正常化できる事を発見した。従って、本モデルマウスにおける緑内障発症の責任細胞がミクログリアであり、本細胞種の異常を正常化する事によって緑内障の発症や進行を制御できる可能性が高いと考えられた。また、我々が最近開発した、非侵襲的ミクログリア移植法を用いて、ミクログリアを用いた細胞治療が緑内障の新たな治療法となり得るかを検証する。今後の1細胞RNAシークエンスの解析では、ミクログリア画分の解析を進めて発症に係る分子機構の解明を目指す。
2: おおむね順調に進展している
緑内障で最も影響を受けやすい網膜神経節細胞の生存率を向上させるため、Cold Dissociation法(Adam et al. Development 2017)を用いて条件検討を行った。酵素濃度、反応時間、trituration条件など複数のパラメーターを調節しながら条件を最適化した。網膜では良好に細胞分離ができたものの、視神経のような脂質が豊富に含まれる組織では全く酵素消化ができず、従来法(37℃、パパイン処理)の方が良好であった。本条件では、3か月齢マウス網膜から分離した細胞の95%以上が生存できる結果となった。初回の1細胞分離は共同研究者の研究室(生理学研究所)にて行ったが、加齢マウス(12カ月齢)であった事や使用する遠心機の条件などが異なっていたためか、生存率が非常に悪く、その後のステップに進むことができなかった。実験条件の再調整を行い、生存率が向上したためライブラリ作成とシークエンスを完了した。本研究ではP2Y6KOマウスを緑内障モデルとして用いているため、1細胞RNAシークエンスと並行して網膜のP2Y6受容体がどの細胞に発現するかを磁気ビーズ分離法とqPCRで検討を行った。CD11b陽性細胞とその他の細胞種で検討したところ、ミクログリア画分で100倍以上の発現を認めた。加齢P2Y6KOマウスでは細胞老化マーカー遺伝子の発現が上昇しており、CSF1受容体拮抗薬PLX5622投与によりミクログリアの性質をリセットするとこれらの発現が正常化した。つまり、ミクログリアが緑内障モデルマウス網膜における細胞老化を制御する責任細胞であると考えられた。
現在までの結果から、網膜ではP2Y6受容体は主にミクログリアに発現すると考えられた。ミクログリアのP2Y6受容体欠損と緑内障発症との因果関係を明らかにするため、1細胞RNAシークエンスでは主にミクログリアフラクションの解析を進める予定である。近年、細胞老化と緑内障との関連に注目が集まっており、脳の神経変性疾患モデルではグリアが細胞老化を生じて神経変性を惹起する事が報告されている (Bussian et al. Nature 2018)。我々のモデルマウスにおいて観察された網膜組織細胞老化は、CSF1受容体アンタゴニストを用いたミクログリアリセットによって消失した。従って、グリア自身またはグリアが制御する細胞老化が緑内障発症・進行を規定する可能性は十分考えられる。この点を今後検証していく。グリア誘導性緑内障発症仮説を検証するもう1つの方法として、ミクログリアの置換によって緑内障症状を改善できるかどうかを検証する事である。我々は最近、経鼻的にミクログリアを脳へと移植する方法(Parajuli et al. GLIA 2021)を開発した。本手法は、免疫抑制薬や免疫不全動物を使用せずに、脳への非侵襲的ミクログリア移植を可能とする画期的な方法である。予備検討の結果、本手法を用いる事によって網膜へも非侵襲的にミクログリアを移植する事に成功した。P2Y6KOマウスに野生型ミクログリアを移植し、緑内障の発症・進行に対する効果を検証する予定である。また、上述の通り、ミクログリアが緑内障モデルマウス網膜の細胞老化を規定する責任細胞である事から、どのようにミクログリアを制御する事で細胞老化を制御できるか、そのメカニズムについてさらに詳細を検討する予定である。
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すべて 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 2件、 査読あり 7件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (15件) (うち国際学会 5件、 招待講演 1件)
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