研究課題/領域番号 |
21000007
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
北森 武彦 東京大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (60214821)
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研究分担者 |
田中 陽 独立行政法人理化学研究所, その他部局等, 研究員 (40532271)
馬渡 和真 東京大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (60415974)
杉井 康彦 東京大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (90345108)
嘉副 裕 東京大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (20600919)
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キーワード | マイクロ・ナノデバイス / 流体 / 流体工学 / ナノバイオ / ナノ材料 |
研究概要 |
本研究は、単一分子から連続体への遷移領域である拡張ナノ空間(10-1000 nm)の研究ツールを開発し、同領域で初めて出現する事象を物理化学と流体の両面から明らかにして「拡張ナノ空間流体工学」を創成することを目的としている。平成23年度は、確立した基盤技術を用いて拡張ナノ空間の流体特性や溶液物性の研究に注力した。基盤技術のうち拡張ナノ空間の部分修飾法について、これまで取り組んできた光照射による手法が困難であったため、集束イオンビームを用いた手法を新たに開発した。これにより800 nm流路内で疎水分子の部分修飾を実現し、有機相と水相の平行二相流の形成にはじめて成功した。これは、拡張ナノ空間で反応・抽出といった二相流による単位操作が実現可能になったことを意味している。また、拡張ナノ空間流速分布測定法として、ナノ粒子をトレーサとして流し、壁面近傍のみで発生するエバネッセント波を用いて粒子の位置を60 nm分解能で検出する粒子追跡法を開発した。これにより、光の波長より小さい400 nm流路での流速分布測定にはじめて成功した。一方、これまでに確立した流動電位法を用いて、水分子が緩やかに構造化したプロトン移動相領域での測定を行ったところ、溶液は粘度が流速に依存しないニュートン流体であることが判った。また、水分子間を交換されるプロトンが解離性であり、NMR測定から明らかにしたエステル加水分解の加速に寄与することが判った。さらに、流動下でも水の誘電率が低下しており、これが導電率上昇を引き起こすことを明らかにした。これらは、主に静的環境下で明らかにしてきた拡張ナノ空間特異性が流動下でも発現しており、古典モデルである電気二重層と我々が提唱するプロトン移動相を考慮することで、はじめてこの空間の事象を説明できることを意味している。これは、拡張ナノ流体デバイスを設計する上でも極めて重要な知見である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画として、中間評価までの2年間は基盤技術(加工、流体制御、計測・検出)に注力し、後半の2年間は物性解明(流体物理と化学特性、化学反応、バイオ)に取り組む予定であった。 それに対して、現状では概ね順調に研究が進展していると評価できる。基盤技術に関しては、拡張ナノ空間の科学やデバイス応用のための加工、流体制御、計測・検出といった基盤を構築することができた。加工については拡張ナノ流路内にさらにナノピラーを加工するNano-in-nano構造やガラス基板の低温接合法を実現することができ、拡張ナノ空間に機能分子や超微小電極を組み込むことが可能となった。流体制御については、最大40気圧の高圧ナノ流体制御システムによりaL-fLの超微量試料の送液が実現し、さらに拡張ナノ空間に化学のバルブをはじめて構築することができた。検出では波動光学を応用した非蛍光単一分子検出法を当初の予定よりも早く確立することができ、拡張ナノ流路での非蛍光100分子の定量を初めて達成した。また、当初の予定にはなかった拡張ナノ空間の流動の研究についてもエバネッセント波を用いた手法により流速分布を測定することが可能になってきた。そのため、後半の予定であった物性の解明にも早く着手することができ、拡張ナノ空間の流体や物理化学の物性および化学反応について、既に多くの知見が得られている。プロトン移動度上昇、粘度上昇、化学反応加速といったそれぞれの特異性が、プロトン移動相モデルによって関連付けられることも示唆されつつある。一方で、次年度の成果となるが、拡張ナノ空間の特異性の発現が流路のサイズに加えて形状にも依存するという新しい発見があった。よって、これまでの3年間ではほぼ計画通りに研究が進展して、基盤技術を確立して拡張ナノ空間の特異的な物性を解明することができ、一部では当初の研究計画以上の成果が得られたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに、ナノ加工、流体制御、計測・検出といった基盤技術を確立し、それを用いて拡張ナノ空間の流体や物理化学について、粘度、誘電率、導電率、プロトン移動度、プロトン濃度などいずれも特異な溶液物性を明らかにしてきた。これらはガラス表面から50 nmの領域で水分子が緩やかに構造化したプロトン移動相を示唆するものであるが、これを直接的に証明する水の構造解析については、極微小な拡張ナノ空間でのラマン分光やX線回折法の感度が十分ではなく、当初計画から遅れている。一方、化学反応およびバイオへの展開については、化学反応についてはNMRを用いた測定から表面効果およびプロトン移動度上昇による反応の加速が明らかになってきた。 以上を踏まえ、最終年度は、基礎科学についてはこれまでの知見をもとに特異性の発現について実験的知見の上積みを行い、最終的にこれらを体系づける。このうち、特に拡張ナノ空間の水の構造については、拡張ナノ流路のガラス壁の厚さを数μmオーダに薄くしたX線回折測定用のマイクロチップを作製して測定の感度を高めて構造解析を行う。また、拡張ナノ空間の流速分布について、親水性の壁面においてもすべり速度を示唆する興味深い結果が得られているため、これを検証するためトレーサ粒子を検討して精度向上を図るなど、測定法の改善に取り組む。その一方で、本研究の前半で確立したin vitroツールであるバイオミメティック拡張ナノ空間を用いて、シナプス間隙やミトコンドリアといった細胞間・細胞内空間の生物物理へと展開する。こういった細胞間・細胞内空間は拡張ナノ空間と同等のスケールで過去の研究でも特異性が示唆されており、本研究で確立したツールにより定量的な測定を行うことで、シグナリングや生化学反応におけるイオン・分子の輸送機構がはじめて解明され、生体機能を理解する上で本研究が重要な役割を果たすと期待される。
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