研究課題
電位依存性イオンチャネルの手動開閉に成功した。まず、電位センサー部分に遺伝子的にタグを導入したカリウムチャネルを培養細胞に発現させた。細胞膜をパッチピペットで保持し、種々の膜電位を印加しながらチャネル電流を計測した。タグ部分にハンドルを結合させて引っ張ったところ、チャネルの開確率が上昇した。開確率が1/2となる膜電位は、数十mV低くなった。すなわち、数十mVの脱分極に相当する電気的仕事を、力学的操作により与えられたことになる。今のところまだ成功確率が極めて低く、必要な張力のきちんとした定量はできていない。回転分子モーターF1-ATPaseの回転ポテンシャルエネルギーを、回転力(トルク)の角度依存性の測定から求めつつある。回転子に磁気ビーズを付け、ビーズの向きの磁場からのずれからトルクを求める。磁場が弱すぎると、特定の角度でビーズが急に回ってしまう(トルクジャンプ)が、強くするとビーズの動きが小さくなってしまう。測定系を大幅に改良し、わずかな動きを精度よく捉えられるようになった。また、未だに決着がついていない燐酸解離とATP分解のタイミングを決めるための実験を開始した。その他、紡錘体の変形のダイナミクスを粘弾性モデルで統一的に説明した。微少管上を動く分子モーターXkidが染色体を紡錘体中心に集めることを示した。Forminによるアクチン重合の単位ステップを検出した。好熱菌の持つ特異な酵素Reverse gyraseに関しては、DNAの二重らせんを通常よりわずかにきつく巻いた状態に保つことにより、DNAの熱変性を防ぐという生理機能が示唆された。ほどけかけるとさっと(従来の報告より二桁速く)巻き上げるが、逆に、巻き上がりすぎたときはさっと戻す。
3: やや遅れている
イオンチャネルの手動開閉は、これまで誰も試みたことのない、まさに挑戦的なテーマである。研究代表者を含め、我々のグループはイオンチャネルを扱ったことが無く、ゼロからの挑戦に、正直なところまったく自信はなかった。応募時も、4番目のテーマとしてしか掲げなかった。3年半かけて(初年度は諸事情で研究員を雇用できず)、一歩一歩準備を進め、やっと出発点に立てた。運がよければもっと早く実現できたのかも知れないが、担当者は本当によくやったというのが実感である。回転分子モーターF1の内部エネルギー(回転のポテンシャルエネルギー)を、回転角および3ヶ所の活性部位に結合したヌクレオチドの関数として求め、F1のモーター機能および逆回転によるATP合成機能をすべて説明(予言)しようというのが、応募時の第1のテーマであった。応募時には、ヌクレオチドを固定する方法を案出する予定であった(有力なアイデアなし)。2012年に、ヌクレオチド結合解離の直接観察の結果をまとめた時点で、ヌクレオチドを固定しなくても、結合状態を観察しながらトルクを測ればよいことに気づいた。ヌクレオチドとトルクの同時測定できれいなデータがとれることは滅多にないが、努力さえ続ければ、いつかは完成する。
残された期間内に、イオンチャネルの手動開閉実験の効率向上を図り、まずはチャネル開確率と張力との関係を明らかにする。電位センサーにかかる張力が直接開確率を支配することを示すため、パッチピペットの内圧を操作して膜全体の変形の効果を調べる。センサーの動きだけに応じて(膜電位の変化無しに)チャネルが開閉することを示すのが、当面の目標である。F1の内部エネルギー決定に関しては、よい分子が見つかる努力を継続し、データをため続けるしかない。結合ヌクレオチド1個の状態に関してはデータがとれつつあるので、生理的により重要な2個結合状態のデータの取得に力を注ぐ。ATP分解および燐酸解離のタイミングに関しては、すでに方向性が見えており、他グループとの矛盾の解決が残る課題で、他グループの結果の追試が必要になるかも知れない。紡錘体、Formin、Reverse gyraseに関しては、未発表データを論文にまとめつつあり、いずれも執筆作業の仕上げの段階にある。分子機械を優しい力で働かせてやるという本研究、文字通りに実現したのがイオンチャネルの手動開閉である。本来の駆動力である膜電位を使わず、電位センサーを手で引っ張ることによりチャネルを開けることができた。一方、回転モーターF1のほうは、生体内でATP合成回転を担うFoモーターを使わず、磁石で回すことによりATP合成をさせられる。従来は強い力を用いたために合成機構に迫れなかったが、本研究では弱い力でゆっくり回すことにより(実績概要に強い磁場と書いたが無理矢理回すほどではない)、F1のエネルギー地形を明らかにする。まさに、優しい力を使って初めて到達できる根源的理解である。この二つを中心成果としてまとめ、新しい一分子生理学を、広く提唱したい。
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