ヒトやマウスの嗅覚受容体(OR)遺伝子は、系統発生学的に水棲型ORと陸棲型ORの2つのサブファミリーに分類される。水棲型ORは、魚類のORに類似していることから進化の名残と考えられてきたが、近年のゲノム解析の進展によって、魚類からヒトに至るほぼすべての脊椎動物で維持されていることが明らかとなり、何らかの重要な生理機能を持つことが示唆されている。しかしながら、水棲型ORの生理機能やその発現嗅神経細胞産生の分子機構は未解明のままである。 平成23年度実施した研究によって、哺乳動物唯一の水棲環境である羊水中にORのリガンド分子が存在することを明らかにし、またカルシウムイメージングによって羊水成分に応答する嗅神経細胞の同定に成功した。現在、single-cell RT-CPRによるOR遺伝子の同定と、クロマトグラフィー法を用いたリガンド分子の同定を行っている。さらに魚類ORに最も類似した水棲型ORであるMOR42-3の機能を明らかにするために、MOR42-3発現細胞をEGFP蛍光で特異的に標識したトランスジェニックマウス(Tg)を作製した。Tgの作製には次世代ゲノムベクターシステムであるBGMベクターシステムを適用し、世界で初めて水棲型OR遺伝子を発現するTgの作出に成功した。この結果は、このトランスジーン中に水棲型OR遺伝子の発現調節領域が含まれることを示しており、未解明の水棲型OR発現調節領域の同定へも繋がる成果である。Tgを用いたカルシウムイメージングの結果、MOR42-3発現細胞に作用する数種類のリガンド分子を同定した。さらに嗅神経細胞分化過程において、水棲型と陸棲型への運命決定を制御する転写因子を同定した。これらの成果は、2つに大きく分類される嗅神経細胞の生理機能を研究する上で、重要な知見をもたらすものと考えられる。
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