研究概要 |
本研究は,二つのステージで研究を進めてきた.第1ステージは,室戸岬沖に保有しているGPS津波計による継続的観測とそれを用いた要素技術開発である.第2ステージでは,開発した要素技術を組み込んで,さらに沖合のブイで観測システムを構築し,その有効性を実証することである. 本年度で第1ステージは完了した.研究開始以来,室戸岬沖で継続的に観測を続け2010年のチリ地震津波と2011年の東北地方太平洋沖地震津波の正確な津波情報を発信できた.また,GPS津波計の開発成果を活用した三陸沖の国交省港湾局所有のGPS波浪計が,気象庁の大津波警報の変更に一定の貢献を果たすことができた.これらの内容を整理して学会などへ発表した。要素技術開発においては,研究協力者を含めた取り組みを推進し,超精密単独測位法のPPP-AR及びPVD法を陸上基準局が不要な(沖合展開の距離制限から解放される)観測システムとして適用できる目処をつけた.陸上基準局を要するRTK法についても,精密暦のリアルタイム利用による長基線対応をした測位法のRTNet法及びRTKLIB法を室戸岬沖のGPS津波計実験機のデータ用いて測位の安定性の検討を行い,50kmの基線長で安定した測位が行えることを確認した.また,継続的観測を実施してきた室戸岬GPS津波計実験機は,揚収実験を行って浮体と係留系の設計における貴重な基本データを得ることが出来た。 本年度の後半は第2ステージへの移行期とし,要素技術開発の結果を統合して,より沖合で機能するGPS津波計システムの機器設置を完了した.具体的には,沖合40kmの高知県の黒潮牧場ブイ及び標高270mの国立室戸青少年自然の家の屋上を借り受け,GPS津波計・波浪計・潮位計としての必要機器の設置及びデータ受信の中継局を開設したごとである.データはすべて高知高専に送り,Web公開と100km長距離基線測位法などの検討が行えるようにしている.また,GPSブイの付加価値を高めることを目的とした海底地殻変動観測のための超音波機器を黒潮牧場ブイ近傍の海底に設置した.
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今後の研究の推進方策 |
次の4項目の検討を中心にして推進する。 (1)黒潮牧場16号ブイを用いたGPS津波計の安定稼働 (1)電力:ブイはGPS津波計として設計製作されたものではないため太陽電池の設置に制限があり,必要とする最小限の電力設定となっている.要すれば太陽電池の増設許可を得て実装する.(2)400MHz帯無線:室戸岬西方沖GPS津波計と50km離れた三宝山との通信実験では,スペース・周波数ダイバーシティで安定した通信を確保することができ,黒潮牧場ブイにはこの無線システムを搭載した.しかし,この方式は微弱電波に対して各種の受信ゲインアップ対策で通信機能を確保しているため不測のデータ欠けの可能性があり,地殻変動連続監視システム用データ伝送用に準備したチャンネルもGPS観測データを送信し,GPS測位の安定性に万全を期している.GPS測位の安定性を見極めて長期間安定して利用できる無線伝送方法を確定する.(3)Web公開用のGPS測位結果の選択:新システムでは,単独測位のPVD法とPPP-AR法,RTK測位法のRTNet,RTKHB,R-RTKの3種類を適用する.短周期の波浪計測には,これまでの実験で用いて実績のあるPVDを適用するが,津波の計測には他の長距離測位法をハイブリッド的に用い総合的に信頼性の高いデータ配信をできるようにする.(4)長距離GPS測位法の確立:新しいGPS津波計として機能させる黒潮牧場ブイと高知高専との距離は80kmあり,長距離対応RTK法について,高知高専屋上に設置したGPS基準局データを用いて最終目標の100kmで機能できるRTK測位法の調整と改良を行う.有効性が検証できた長距離対応RTK法は,Web公開システムに移行して継続的に新GPS津波計システムのブラッシュアップをはかる.(5)地殻変動連続観測システムの調整・稼働:音響データ伝送用に黒潮牧場ブイに設置した無線機は,GPSデータの伝送のバックアップ用に転用したため,データはブイ上機器にストアしている.これを音響データ伝送用に戻す改造を実施する.(6)津波情報の発信:情報を受ける側の立場に立って,より簡単に必要な情報が得られるようにWebホームページを改良する.また,津波教育の出前授業と挨まった災害弱者への情報提供手段についても改善を進める. (2)衛星通信を用いた洋上ブイの観測データのリアルタイム伝送 東日本大震災
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で浮かび上がったGPS波浪計の課題は,沖合での津波の全波形を記録しながらも,停電による陸上通信網の寸断により,最大波であった第1波をリアルタイム配信した後,データの配信が止まったことにある.また,現在のところ50km程度までは無線技術によってデータ伝送が可能であることを確かめられたが,100km超の領域では衛星通信が唯一の実現可能な方式と考えられる.しかしながら,低廉かつ高速の衛星通信技術は確立しておらず,今後JAXA及びNICTなどと連携しつつ,日本において防災専用の通信衛星を打ち上げるなどの方策を考えていく必要がある.現在進めているブイ上でのリアルタイム精密単独測位が実現すれば100bps程度の伝送速度で実用的な情報伝送が可能となる.このとき,最も重要な通信上の技術的要請は,絶え間なく動き続けるGPSブイに対応できる無指向性のアンテナ利用が不可欠の要因になる.ETS-VIII「きく」の通信機能は50bpsの通信速度ではあるが,この要請に対応できる衛星である.この「きく」を利用してブイ上で解析が完結しているPVD法で得られる測位結果を伝送する共同実験ができる見通しを得た.この実験を行うため,現在の黒潮牧場ブイに設置している機器を改造することに加えて,衛星用通信機器を新設する.このため,無指向性アンテナを用いた効果的な衛星通信方法が確立できれば,寸断や混乱が予想される被災地域の陸上通信網を用いず,被害の無い遠隔地域での津波データの受信と配信が可能になる。これらの知見を集約して,将来の防災用通信衛星への要求仕様をとりまとめる. (3)津波検知と情報伝達 津波と波浪は比較的簡単なフィルター操作で分離可能であるが,得られた記録から津波を判定し,津波早期警報システムに取り組んでいくためにはさらなるシステム開発が必要である.特に,津波は沿岸に近づくにつれて波高が増幅されることから,沿岸到達時の津波波高の正確な予測が重要である。数値シミュレーションによる検討を行い,沖合観測波の波高を沿岸到達時の波高に換算するための関係式を構築しておくなど,沖合観測情報を津波早期警報の向上に向けて有効活用するための研究開発を継続して実施する. (4)他の地球観測・防災システムへの展開 GPSブイは様々な観測計器を搭載可能であることから多機能のブイを開発することにより,費用対効果の高い海洋の総合防災拠点を構築することができる.現在取り組んでいる海底の地殻変動を連続的観測に加えて電離圏全電子数や対流圏水蒸気量のモニタリングへの利用など,平時の利用を展望し,「日常的に活用しながら津波の非常に備える」コンセプトを満たす海洋観測ステーションの仕様をとりまとめる. 隠す
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