一定の方向性を有する時空間の中に個々の体験や見聞を排列してゆくという構造をもつ日記と紀行というジャンルは、一見すると継起したことがらを素朴に並べているかのごとき作品としてわれわれの前にあるが、そこには、記載内容をよりたんなる物理的な時空ではない高次のレベルで統合しようとする意志が作用している。2010年9月10日に早稲田大学国際会議場第1会議室において開催したシンポジウム「集と断片-日記と紀行の時空-」では、日仏それぞれ二名ずつの研究者が蜻蛉日記、野上弥生子日記、司馬江漢の旅行記、発心集をとりあげ、それぞれのテクストにおける叙述の構造化の問題について報告し、ディスカッサントのコメントを交えつつ参加した研究者との活溌な討議を行い、問題を共有するとともに、多くの有益な示唆を得た。また2011年3月7日および11日にパリのディドロ大学で行ったワークショップでは、日本側の研究者が後鳥羽院撰「時代不同歌合」と徳冨蘆花「不如帰」の二次創作とを取り上げ、秀歌のアンソロジーが後鳥羽院による和歌史の構想に裏打ちされたものであること、ベストセラー小説が前後の文学作品の結節点として文学的モチーフの断片を生成する機能を発揮したことについて、それぞれ具体的な作品に即して詳しく報告し、大学院生を交えたフランス側の参加者との質疑応答を通して、本研究の問題領域に関する知見を深め、共有することができた。いずれの試みも、日本側の現在の研究の動向をフランスの研究者に伝えると同時に、日本文学を外から研究するフランス側のアプローチを日本における研究に反映するという、国際共同研究にふさわしい成果を挙げた。
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