約40億年にわたる地球と生命の共進化過程を研究する上で最も強力な化学化石である生体元素(水素・炭素・窒素・酸素・硫黄)の安定同位体比は、ごく限られた微生物種の実験室内条件での微生物代謝の分別効果を基準として、その解釈が行われてきた。「果たして限定例から導かれる基準は正しいのか?様々な環境での微生物作用に一様に適用可能なのか?」。本研究は、この疑問に明解な解答を与えることを目的とする。さらに、地球と生命の共進化過程のみならず、現世の物質循環の解明において未知の部分である極限環境における微生物作用の寄与を考える上で必要不可欠な基準である生体元素同位体分別・平衡効果の体系的研究を目的とする。 当該年度には、計画通り、微生物の培養実験で得られた水素、水、メタン、硫化水素、元素状硫黄、硫酸といった代謝基質や代謝生成物の水素同位体、多種硫黄同位体の分析を進めた。特に、「硫黄不均化菌による元素状硫黄から硫化水素及び硫酸生成に伴う多種硫黄同位体分別効果」研究からは、極めて新しい知見が得られた。いくつかの実験系において、未だ不確定なデータが存在したが、消費・生成された硫黄化合物の多種同位体比のより正確かつ綿密な分析を終了した。また平行して進めていた新規硫黄不均化菌のゲノム解析の結果から、これらの新規硫黄不均化菌がこれまでに知られる硫黄不均化代謝経路とは全く異なる代謝系を有している事、そして硫黄不均化代謝がエネルギー源飢餓状態におけるレスキュー代謝である事、などを明らかにする事ができた。これまでに得られたすべてのデータを解析し、論文化に取り組んだが、現在のところ、極限環境微生物による水素消費に伴う水素同位体平衡促進効果に関する論文が投稿直前の状態であり、硫黄代謝における微生物代謝による同位体分別効果に関しては、論文作成中の段階である。体系的理解の基盤構築の成果として、極限環境微生物代謝による水素・硫黄同位体分別・平衡効果に関する総合的な論文の発表にはまだ至っていない。
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