ヨウ素フィルターを、固体グリーンレーザー及び電子増倍CCDカメラと組み合わせることにより、低振動数ラマンスペクトルを高速(~0.1秒)かつ高感度で追跡可能な分光手法を開発した。この手法を用いることにより、格子振動をはじめとする分子間振動が刻々と変化する様子をリアルタイムで観測することができ、相転移現象を研究する全く新しいアプローチが可能となった。この手法を用いて、分子結晶及びイオン液体の融解過程を観測することにより、格子振動の消失についての新しい知見を得た。 結晶構造や格子振動が既知であるアントラセンの結晶を急熱し、加熱に伴うラマンスペクトルの変化を測定したところ、回転的格子振動に帰属されるバンドの振動数、形状、強度が変化する様子が観測され、格子振動の消失が融解に伴って見られた。さらにスペクトルのストークス/アンチストークス比から試料の温度を見積ることにより、格子振動消失前の数秒間にわたり結晶の温度が融点以上になる状態が見られた。これは融解における過渡的な状態(過熱状態)の存在を意味している。 イオン液体についても同様の実験を行った。塩化ブチルメチルイミダゾリウムの結晶を急熱して、融解する過程を観測したところ、低振動数領域に見られるシャープな複数のバンド(格子振動バンドと考えられる)が加熱に伴って消失し、イオン液体の液体状態に特有の幅広の低振動数ラマンバンドが生じる様子を観測することができた。指紋領域及び低振動数領域のスペクトルを比較することにより、分子の内部構造変化(ブチル基のコンホメーション変化)より先に格子振動の消失が起こることが分かる。これは内部構造変化を伴う結晶秩序が他の結晶構造より遅れて消失することを意味しており、イオン液体の秩序構造に関連したものと予想している。今後、各格子振動バンドの帰属をつけることができれば、遅れて消失する結晶秩序を解明できると考えられる。
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