二つの異なる塗布方法、スピンコート法と液滴乾燥法を用いて有機半導体薄膜を作製した。モデル材料として、結晶化しにくいDNTPDを用いた。溶媒はトルエンを用い、塗布乾燥過程における有機薄膜形成を気液界面からの光散乱、塗布液の質量、基板温度の三つ物理量に着目し観察を行った。これらのデータを基に、溶液から固体である有機薄膜がいつ形成するのかを実験的に観察し、薄膜構造・機能との関係を明らかにした。 <結果>スピンコート法は乾燥速度が極めて速く、液滴乾燥法では乾燥速度が遅い。それぞれの塗布方式を用いて、異なる膜厚の薄膜をガラス基板上に成膜し、吸収/蛍光スペクトルを測定した。吸収端の位置を評価すると、液滴乾燥法では高濃度溶液を用いる場合、吸収端が長波長側にシフトするのに対し、スピンコート膜では初期の溶液濃度に余り依存しない結果が得られた。また、X線回折の結果から、スピンコート法と液滴乾燥法では、得られる回折ピークの位置が異なり、薄膜内部の面間隔はそれぞれ3.70Å、4.66Åであった。塗布方式によって、異なる構造のDNTPD薄膜が形成されることが示唆された。蛍光スペクトルを測定すると、蒸着膜と液滴乾燥膜では424nmと442nmの二波長にピークを持つスペクトルが観察されるのに対し、スピンコート膜では、424nmにのみピークを持つスペクトルが観察される。従って、塗布方式と塗布液中の溶質濃度の両者が、薄膜の光学的性質に影響を与える因子として考えなければならないことが明らかとなった。薄膜形成の動的過程に着目し、気液界面からの光散乱、塗布液の質量、基板温度変化の三つを同時に測定した。この測定によって、液滴乾燥過程での成膜現象を観察出来る。質量と温度の変化については再現よくデータが得られる観察系を確立し、乾燥過程での乾燥速度や溶媒の蒸発潜熱による基板温度変化を定量的に評価した。乾燥速度の遅い液滴乾燥法を用いても基板温度は0.5度程度下がることが明らかとなった。乾燥速度が速いプロセスであれば、蒸発潜熱による温度低下は顕著に表れることから、成膜過程に与える影響を考慮しなければならないと考えられる。散乱光の測定については、液相からの成膜に対応する強度変化は得られているものの、再現性とデータの解釈に検討の余地がある。これまでに、半導体有機薄膜の塗布成膜過程の直接観察手法は確立されているとは言い難い。この意味で、実験系の精緻化は必要であるが、塗布成膜の観察手法として本研究の動的観察手法は有望であると考える。 <総括と今後の展望>塗布乾燥プロセスでの成膜過程の直接観察が可能な実験方法を確立した。成膜プロセスによる差異は見られたものの、差異自体は大きくないため、寿命への影響も含めて明確な結論付けには至らなかった。薄膜形成の動的な過程に着目し、乾燥過程でどのように薄膜が形成するかを光散乱や、質量変化、基板の温度変化を観測して測定した。光散乱測定には改善の余地が残るものの、塗布を用いた有機半導体薄膜の作製は僅かな塗布条件の際が性能に大きく影響を与えるため、動的過程の観察手段は、極めて重要であると考える。
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