研究概要 |
平成23年度は,平成21年度、22年度に引き続き琵琶湖北湖の湖心における定期的な層別採水,環境計測を行うとともに,1)リアルタイムPCRによるAcaryochloris spp.の定量方法を確立し,平成23年度に採水したサンプルを用いてAcaryochloris spp.の鉛直分布を解析した。また,2)光ファイバー式分光器を用いた水中の下方放射スペクトル測定により,Acaryochloris spp.の生息する深度の光環境を解析した。さらに,3)平成21年度に琵琶湖沿岸より分離されたAcaryochloris属シアノバクテリアについて,細胞の吸収スペクトルと蛍光・励起スペクトルの測定を行い,光利用特性を他の光合成生物と比較した。その結果,a)平成23年7-9月のサンプルでは,Acaryochloris spp.が水深10-20mおよび40-50mの2つの深度帯に分布していた。b)水深10-20mには波長700nm以上の光はほとんど無く,波長450-600nmの光だけが残っていた。また,水深30m以深にはほとんど光が残っておらず,分光器の検出限界以下であった。また,c)他のシアノバクテリアや珪藻と比較すると,Acaryochloris sp.の吸収スペクトルは波長700-750nmだけでなく波長450-500nmの領域においても吸収極大が長波長シフトしていた。励起スペクトルでも450-500nmの領域に極大が見られ,この波長域の光を効率的に利用していることがわかった。以上の結果から,琵琶湖北湖の湖心において水深10-20mに存在する浮遊性のAcaryochloris spp.は波長450-500nmの光を他の藻類よりも効率的に用いてニッチを獲得していると考えられた。したがって,Chl dを有することの適応的意義は波長700-750nmの遠赤色光を利用できることだけでなく,水中において波長450-500nmの青緑色光を吸収・利用しニッチを獲得できる点にもあるということが示唆された。また,それぞれ異なる深度帯に分布するAcaryochloris spp.の群集構造解析を行ったところ,16S-23S rRNA ITS領域の系統型が深度帯によって異なっていた。この結果から,浮遊性のAcaryochloris spp.は各深度帯の環境に適応した生態型に分化している可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で明らかにする4つの項目のうち,1)琵琶湖におけるChl d生産生物の実体解明については,既に淡水性のAcaryochloris sp.分離株を琵琶湖沿岸から得ている。また,3)Chl d生産生物がニッチを獲得する際のChldの優位性については,琵琶湖北湖の湖心におけるAcaryochloris spp.の鉛直分布と同生物の光利用特性,水中の光環境を測定することによって明らかにすることができた。残る2)琵琶湖においてChl d生産生物が果たしている一時生産量を見積もることについては,既存のサンプルを用いて通年の色素分析をおこなうことで可能であり,4)琵琶湖以外の陸域水圏における分布と多様性についても,平成24年度に達成可能と考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
琵琶湖北湖の湖心における水中のChl d濃度を測定し,Chl d量の鉛直分布を明らかにするとともに,通年の変動を解析することによって,琵琶湖におけるChl d生産生物の一次生産量を見積もる。また,深度別のリアルタイムPCRによって検出された水深40-50mに存在するAcaryochloris spp.を分離・培養し,光および栄養要求性について水深10-20mに存在するAcaryochloris spp.との比較をおこなう。さらに,琵琶湖以外の陸域水圏におけるChl d生産生物の分布と多様性を明らかにするため,他の湖沼でのサンプリングを行い,リアルタイムPCRとPCR-DGGEによってAcaryochloris spp.の鉛直分布と多様性の解析を行う。
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