研究課題
急速に発展している東アジア諸国の都市大気の変化を把握するため,2011~2012年にかけて国内4都市(金沢,東京,札幌,北九州)と環日本海諸国5都市(ロシア・ウラジオストク;中国・北京・瀋陽・上海;韓国・釜山)で,ハイボリュームエアーサンプラーを設置して同時継続捕集した大気粉塵試料について,含まれるPAH,NPAHをそれぞれHPLC蛍光検出法,HPLC化学発光検出法で分析した。その結果,大気中 PAH,NPAH濃度は,従来と同様に,中国>ロシア≫韓国≧日本であった。[NPAH]/[PAH]比をマーカーとして主要排出源を同定すると,日本,韓国が自動車,中国が石炭燃焼パターンを示したが,中国でも以前より自動車の寄与が増大していることが推定された。以上の分析結果を含めて最近15年間の東アジアの傾向を見ると,日本の都市ではいずれもPAH,NPAH濃度は減少しているが,中国,ロシアでは増加している都市もあった。次に,日本の能登半島先端で継続捕集している大気試料を分析した結果,PAH,NPAHいずれの濃度も10月中旬から4月中旬の期間に上昇するパターンを毎年繰り返していることが明らかになった。この結果にPAH,NPAH組成,後方流跡線など他の解析を加えた結果,中国で冬季に生成したPAH,NPAHが日本列島まで長距離輸送されていることを証明できた。また,HPLC蛍光検出法やLC-MS法を用いて,ヒト尿中の水酸化PAHとその抱合体を加水分解して定量する方法を開発した。これを中国及び日本の都市住民に適用した結果,中国の都市住民は日本の都市住民より水酸化PAHやその抱合体の尿中濃度が高く,高濃度のPAH,NPAHを含む空気を呼吸から曝露することによって,これらの代謝物の体内濃度も上昇している事を初めて明らかにできた。以上,今年度に設定した研究目的はほぼ達成できた。
2: おおむね順調に進展している
急速に発展している東アジア諸国の都市大気の変化を把握するために, (1)主要都市の大気中 PAH,NPAHを測定して汚染の現状を比較し,最近15年間の東アジア諸国の大気環境の変化とその要因を明らかにすること,(2) 大気輸送中のPAH,NPAHの反応を解析し,反応生成物を同定するとともに毒性を評価すること,(3) 尿を用いて中国及び日本の都市住民のPAH,NPAH曝露の現状を調査し呼吸からの曝露との関連を明らかにすること,を目的に定めた。これまでの研究の結果,(1)については,大気中 PAH,NPAH濃度は中国>ロシア≫韓国≧日本で,発生源マーカーの[NPAH]/[PAH]組成分析から,日本,韓国の主要排出源は自動車であるが,中国は石炭燃焼施設,特に冬季の石炭暖房である。また,最近15年間に,日本のPAH,NPAH濃度は減少しているが,中国,ロシアでは増加している都市もあることを明らかにした。(2) については,能登半島先端の大気の分析から,中国東北地方から冬季のみPAH,NPAHが長距離輸送されていることを明らかにし,大気中に多くの水酸化PAHやキノイドPAHを同定し,その中には本研究で初めて同定したキノイドPAHもある。また,北京市で黄砂飛来時期に [NPAH]/[PAH]比の増加が直接変異原性が強い1-Nitropyreneで起こり,能登半島先端でも同様の現象を観測し,黄砂がニトロ化反応を促進することを初めて明らかにした。(3)については,大気中PAH,NPAH濃度が高い中国都市住民は,日本の都市住民より水酸化PAHや水酸化NPAHの抱合体の尿中代謝物濃度が高く,高濃度のPAH,NPAH呼吸曝露によってこれらの代謝物の体内濃度も上昇していることを明らかにできた。これらの研究成果より,当初に掲げた目的をほぼ達成していると判断した。
平成25年冬に中国北京市の大気中PM2.5値が高く大気汚染が激しいことが世界の大きな関心事となり,さらにPM2.5の長距離輸送による我が国への影響が懸念されている。PM2.5は,黄砂,煤,硫酸ミスト等,発生源によって成分が大きく異なる。これまでの著者等の研究から,冬季に中国の都市域で高濃度となるPM2.5の主要発生源は,暖房用の石炭燃焼施設から出る燃焼粉塵であり, PAH,NPAHはその主成分であることを明らかにしている。本研究はPAH,NPAHを主要分析対象として進めてきたが,上述したように当初掲げた目標はほぼ達成できたと考えられる。そこで,本研究の最終年度である平成25年度は,中国の都市域で発生したPM2.5の我が国への長距離輸送の解明に焦点を合わせて次のことを行うのが良いと考える。即ち,1) これまでの方法では極めて濃度が低いために出来なかった能登半島先端の大気中NPAHも定量できるようにHPLC化学発光検出法に組み合わせる前処理法を改良する。2) 改良した方法を用いて能登半島先端で継続捕集した大気中NPAH及びPAH濃度の季節変動を明らかにする。3)能登半島先端で大気粉塵捕集を開始した2004年以降の大気試料を分析し,これまでの変化を明らかにする。4) 過去15年余の東アジアの主要都市の大気中PAH,NPAH濃度推移と能登半島先端の大気中PAH,NPAH濃度組成の変化から,中国から長距離輸送される粒子状物質の成分とその経年変化を解析する。5) 黄砂等の共存物質や太陽光等の気象因子を考慮に入れて,長距離輸送中のPAHのニトロ化,水酸化,キノイド化等の二次反応とその機序を解析する。そして,本研究の終了後は,既に開発したBenzo[a]pyreneと同様に,東アジア域における大気動態シミュレーションを他のPAH,NPAHについても可能にする。
すべて 2013 2012
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件) 学会発表 (18件)
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