最終年度も発話運動観測に関する新しい試みとそこから得られたデータの解析を行った.まず,発話時の声門開閉パターンを計測できる非侵襲光電グロトグラフ装置(ePGG)が完成し,製品として発売されるに至った.従来の光電グロトグラフは,内視鏡を用いて喉頭に光を入れ,声門を通過した光を皮膚上で検出することによって声門の開閉を観測するものであった.それに対して,ePGGは内視鏡を用いず皮膚を介して喉頭に光を入れる.これによって,医師による作業を必要としないシステムが完成した. また,発話運動観測システムNDI Waveのセンサの改良を試みた.NDI Waveは磁気を用いて舌や口唇などに貼り付けた複数のセンサの動きを追跡するシステムである.このシステムのセンサに接続されているワイヤは太く柔軟性に欠けるため,細く柔軟性の高いワイヤで交換し,その影響を調査した.新たに開発されたセンサは発話への影響が極めて小さく,自然な発話運動を観測できることが明らかになった.このセンサも実用化され,販売されるに至っている. MRI動画を用いた新しい計測も試みた.有声子音を発声する際には声帯振動を維持するため,何らかの方法で声道容積が拡大すると考えられてきたが,その容積変化が測定されたことはなかった.そこで,高速なMRI動画を用いて声道容積の時間変化を測定し,有声子音の発声原理の一部を明らかにした. さらに,MRIにより観測された3次元声道形状に基づきNavier-Stokes方程式の数値計算によって無声歯茎音[s]の生成も試みた.声道形状を単純化したモデルを用いたシミュレーションから,Helmholtz共鳴の条件を満たす単純化したモデルを提案した.[s]の発音には歯列が必須とされてきた従来の説に対して,必ずしも歯列は必要ではないことを示した.
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