生体膜のような不均一系における分子結合とダイナミクスを原子レベルで議論するには、溶液NMR法やMD計算が強力である。これらの相補的な組み合わせで、静的な情報と動的な情報の分離が可能となる。本年度は、異なる曲率の生体モデル膜に対し、核オーバーハウザー効果(NOE)を測定した。さらに、大規模MD計算をミセルおよび平面二分子膜に対して行い、NOE実験の結果と組み合わせて、モデル膜の構造・ダイナミクスについて議論した。dipalmitoylphosphatidylcholine (DPPC)二分子膜(直径30-800 nm)、1-palmitoyllysophosphatidylcholine (PaLPC)ミセル(直径5 nm)の2種の系に対し、親水基末端のPCγを選択的に照射するtransient NOE測定(最近、我々が開発)を行った。NOE強度は核間距離rの6乗に反比例し、相関プロトン対の回転相関時間τcに比例する。また、PaLPCミセルとDPPC平面膜の20 nsのMD計算を行った。NOE実験において、直径800 nmにおいても分子の末端同士であるPCγとPC16との大きなNOEが観測された。このNOEの起源を明らかにするため、PCγおよびPC16について、PCγとの距離rおよび回転時間相関関数をMD計算により求めた。NOE観測強度を組み合わせることにより、各τ_cを見積もった結果、曲率が小さくなるほどτ_cのサイト依存性が大きく、NOEは主にτ_cにより決定することが分かった。また、コレステロールを含む系では、コレステロールが脂質のゆらぎに及ぼす影響は、膜の曲率によって異なることを見出した。
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