研究概要 |
埼玉県入間郡毛呂山町桂木寺所蔵の木彫像と,京都府宇治市萬福寺所蔵の木彫像,長崎県長崎市興福寺の木彫像の樹種を,剥離片を用いて調査した。桂木寺の木彫像はカヤと,ヒノキ科,サクラ属で製作されていた。カヤは古代の畿内における一木造りの仏像で限定的に選択されており,同様の樹種選択が関東地方でも行われていたことを明らかにした。一方,ヒノキ科とサクラ属は畿内以外における一木造りの木彫像のための樹種選択を反映するものなのか,あるいは制作技法の違いによる樹種選択を示すものなのかは,今後,調査した像の製作技法を解明して明らかにしなければならない。万福寺の木彫像には,チークとクスノキ,ヒノキが,また興福寺の木彫像にはヒノキとクスノキ科が使われており,近世においては海外から樹種を移入して木彫像を制作していたことを示すとともに,一方では,古代からつづく伝統的な樹種選択が継続して行われていたことを明らかにした。東京国立博物館所蔵の中国から将来された木彫像3体の樹種を調べたところ,トチノキ属とカキノキ属,キリ属が使われており,日本とはまったく異なった樹種選択が行われていたことを明らかにした。近年における樹種識別の需要の高まりを反映して開発されている新たな樹種識別手法を総覧し,従来から行われてきたケモタキソノミー(化学分類学)と比較した。その結果,分光分析は化学データの規則性や特徴を統計学的に抽出して分析する手法で,非破壊ででき,樹種の識別や産地識別だけでなく,含水率や強度といった物性値の測定や化学成分の定量といった応用面にも適用できることが明らかになった。しかしいずれの方法もデータベースの構築が大前提であり,データベースのもとなる木材標本の蒐集の重要性とデータベース構築のためのマンパワー確保の必要性をあらためて認識することができた。
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