研究概要 |
本州中部日本海側山地の亜高山・高山域には,湿潤多雪環境のもと,オオシラビソ林,ダケカンバ林,バ林,ハイマツ低木林,雪田植生などの多様な植物群が分布している.東アジアの植物地理構造を反映した分布要素からみると,北東アジアから北米西海岸の湿潤海洋性気候下に分布するベーリング要素植物群が中心であり,大陸内部の乾燥気候下に分布する東シベリア要素や寒帯に分布する周北極要素も共存しており,これらは日本固有の植物群を形成している.本研究では,本州中部日本海側山地において,高山・亜高山域での最終氷期以降の植物群と環境の変遷史を,湿潤多雪環境の推移および植物地理的な分布要素に基づき整理した植物群の挙動を中心として,固有性の高い植物群落の形成過程に焦点を当てて明らかにし,「乾燥気候が卓越した最終氷期時にも,より湿潤な気候下に分布するベーリング要素植物群が,地形的なすみわけを通じて共存分布していた」との,全く新しい植物群・環境変遷史を提示することを目的とする.平成22年度には,白馬岳周辺の神城湖成層の花粉と大型植物化石群を主に調査し,約5万年前から2万4千年前までの化石群のAMS年代を明らかにした.そこでは最終氷期最寒冷期のトウヒ属やモミ属といった亜寒帯針葉樹林の中で,チシマネコノメソウのような現在の多雪域に固有の草本類が草本群落を構成していたことが明らかになった.このほか,長野県梓川流域と新潟県信濃川流域の谷埋堆積物を調査し,最終氷期最寒冷期の大型植物化石群の組成と,イヌシデ型の花粉が中部地方の内陸部にまで分布することを明らかにした.日本地理学会の研究グループ「日本における亜高山・高山域の植生・環境変遷史」を立ち上げ,日本地理学会春季大会で研究集会を開き,亜高山・高山域の植生・環境変遷研究に関する問題点を整理するとともに,既存の研究資料のレビューを行ったほか,研究者間の情報交換を行った.
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