これまでの研究によって、内因性のゲノム損傷に応答する細胞機能の変化を評価する系として用いているDNA二重鎖切断に対する相同組換え修復の機能低下時には、損傷のセンサーであるATRを入口とした情報伝達経路が中心体の安定性に影響を与えることが明らかとなった。相同組換え修復においてはRad51を中心とする分子群が重要な役割を担うことが知られているが、中心体の異常による発がんの可能性について考察する場合、Rad51の周辺分子の異常によるがんはBRCA1とBRCA2の変異による遺伝性乳がんと卵巣がんのみが知られているに過ぎない。DNA損傷による中心体の異常と発がんとの関連性を明らかにするために、体細胞ではがんのみに特異的に発現する減数分裂期の分子の、DNA損傷応答経路と中心体への影響を検討した。SYCE2は減数分裂期に形成される相同組換えに重要なシナプトネマ複合体の構成分子であるが、造血器腫瘍や乳がんなどで異所性に発現することを見出した。このSYCE2を正常上皮細胞に外来性に発現させたところ、放射線やシスプラチンに対する抵抗性とともに中心体の数の増加が認められた。一方、SYCE2の発現によってDNA損傷のセンサーであるATMやγH2AXの活性が亢進することも判明したために、ATM阻害剤を添加したところ、増加していた中心体の数は低下した。この結果は、がんで見られる遺伝子の発現異常の中でも、SYCE2が発現した場合には、内因性のDNA損傷が増加し、ATMを介する情報伝達経路を活性化することによって中心体の数の増加をもたらすことを示唆するものであり、これはがんの進展の一つの機序と考えられる。
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