昨年度までに、細胞がん化経路にDNA損傷ではなく染色体異数化を起源とする経路が存在する可能性を示した。今年度は、染色体異数化のメカニズムおよび染色体異数化細胞におけるがん化形質発現のメカニズムの解明に焦点を絞った。その結果、染色体異数化は、ミトコンドリアにおいてエネルギー産生時に見られる過剰電子漏洩が起因となって生ずる長寿命ラジカルが起点となっていることがわかった。その長寿命ラジカルは、我々が独自に発見したラジカルであるが、細胞内における半減期がおよそ20時間の活性の低いタンパクラジカルである。このラジカルは、通常、ミトコンドリアに置けるエネルギー産生に伴って相当量が産生されている。放射線被ばくは、その誘導量を一過的に増加させる。このラジカルは、中心体を攻撃し中心体に、数の増加を主とする構造異常を生じさせる。そのため、三個以上の中心体が関与した疑似二極分裂(メロテリック結合)を介して染色体分配が不調となり染色体の取り残しが起きることによって染色体異数化が促進されることがわかった。さらに、染色体の異数化が細胞がん化経路で果たす役割を見るために、微小核細胞融合法を使ってヒト正常細胞に染色体移入を試み、人工的にトリソミー化した細胞を作製した。今回は、ヒト8番染色体を正常ヒト細胞に取り込ませて三本の8番染色体を持つ細胞を作製しがん形質の発現状態を調べた。その結果、三倍体化した染色体にコードされている遺伝子に限らず、それ以外の正常な染色体にコードされている遺伝子発現量が著しく変化し、それに伴い細胞寿命の延長、基質非依存性増殖能の獲得など一連のがん化形質を発現することが判った。これらの結果から、我々が提唱する新がん化経路は「ミトコンドリア機能撹乱⇒長寿命ラジカル誘導⇒中心体機能失調⇒染色体異数化⇒遺伝子発現異常⇒細胞がん化」の経路を取ると予想される。
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