本研究は、江戸時代前期における作家の書写活動について、浅井了意・居初つなという二人を中心として調査・研究し、その活動の実態を明らかにした上で、その作家活動を問い直したものである。日本古典文学の作家は、特に江戸時代中期以前の人物については、ほとんど不明といってよい。井原西鶴以前の散文の作家は、作品に署名しないという事情もあり、誰が作品を創作したのかも、さらには、それを誰が写したのかも、不明であることが多い。そういった中で、最大の仮名草子作家である浅井了意が、多くの写本や奈良絵本・絵巻を書写していたことが明らかになった。また、一世代後の女流往来物作家である居初つなも、同じように、多くの写本や奈良絵本・絵巻を書写していたことが明らかになった。この二人の書写本は、現段階でも次々と現れているのが現状である。まずは、それらの書写本をデジタル化し、整理した上で、二人の書写活動をまとめ、筆跡を詳細に調べることにより、二人がいかにして作家になりえたかを考察した。まず、浅井了意については、新出筆写本を整理した上で、特に奈良絵本・絵巻については、祝儀物という、目出度い作品が多いことが判明した。しかも、その多くが浅井了意以前に作成された筆写本を確認できない作品なのである。もともと、それらの作者は判明していなかったが、たまたま浅井了意が書写しただけではなく、浅井了意自身が内容を作成した可能性も出てきた。つぎに、居初つなについては、三百年以上前に、女性が絵師と本文の書家を兼ねていたことが、あらためて注目されてきた。そのかわいらしい絵とあいまって、世界的にも珍しい女流絵本作家として、その存在意義を増していくものと思われる。
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