端的にいって、本研究は比較先住民学という新しい学問までを想定した研究であり、それはいまも放棄しているわけではないのだが、昨年度に起こった東日本大震災のあと、優先順位が変動しているため、少し軌道修正がなされている。それは数十年単位で生活の基盤をこしらえてきた土台が、一朝にして崩れてしまうということへの日本人の対応とそのライフヒストリーの重要さをとらえることである。具体的には、それまでの研究では、先住民のいるところに支配者としてマジョリティ(日本人)」が流入していくことでどのような変化がマイノリティ社会(先住民社会)に起こったか、そしてそれを受けてマジョリティ社会はどのような対応、変化をしたかというのが眼目になっていた。そして、その変化をアイヌ、台湾先住民、パラオ先住島民といった3つの個性的なエスニックグループについて考えるというのが今回の研究の主旨だったが、研究代表者(李)はその研究の過程で、日本人の外地開拓者がどのようにして日本に帰っていったかというほぼ未開拓の研究分野に出会い、かつ日本人の外地からの引揚者がいかなるライフヒストリーを持っているかという緊急性の高い(それらの歴史を語れる人間が徐々に減りつつある)状況を踏まえ、いったんこの日本人引揚者についてまとめることが喫緊の問題だと認識するようになった。ゆえに、パラオから引き揚げてきた方々の聞き書きや、パラオでのマイノリティ(ソンソロール州出身者などパラオにおけるマイノリティ)の議論を受け止めることを通して、問題を整理し、来るべき比較先住民学(戦前日本の占領地における先住民と日本「内地」人の関係とその結果生まれた社会変動と、欧米圏による植民地支配によるそれとの比較)の成立のために、いったんこの外地からの日本人引揚者のライフヒストリーの掘り起こしという未開拓の分野をまとめることを計画した。その結果、比較先住民学の構想は若干遅れている。しかし、この日本人引揚者の研究をまとめることで、より骨太な比較先住民学へとつながる「占領地マジョリティ社会」の問題を浮き彫りにできたと信じる。
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