研究概要 |
発話を介して意図を伝達する脳機構とその発達を音声学的かつ脳科学的に解明するための基礎的研究を行った。そのためにまず皮肉や冗談など発話の文字上の意味と伝達意図とが一致しない音声(不一致音声)、賞賛や非難など一致する音声(一致音声)を収録し、音響的特性を解析してその特徴を明らかにした。つぎに、成人及び5歳児から12歳までの健常発達児が音声からどのように伝達意図を理解するか、簡便な検査装置を作成して検査した。その結果、5~6歳児では特に不一致音声の伝達意図を成人と同じように判断をすることが困難で発話の文字上の意味に左右されやすいこと、男児より女児の方が早く発達すること、成人でも男性より女性の方が話者の意図を正しく推測する能力が高いことなどがわかった。これらの結果に基づいて、音声を介した伝達意図理解の脳機能がどのように発達するか、コミュニケーション障害があるとどのように脳機能やその発達が制約されるのかを明らかにするために、近赤外分光法脳機能測定装置(NIRS)を用いて伝達意図理解の脳機構を検査する方法を検討した。機能的MRIを用いて我々がすでに実施した研究(今泉,2009;本間ら,2008等)で、背内側前頭前野、下前頭回及び側頭頭頂接合部が伝達意図理解に関与することが分かっているので、これらの領域を主たる測定対象領域とした。NIRSによる検査の結果、成人では一致音声に比べて不一致音声で、上記の脳部位の活動(オキシヘモグロビン変化量)が有意に増大したのに対して、定型発達児(小学生)では左の下前頭回及び側頭頭頂接合部の活動が成人に比較して変化が小さい可能性が示唆された。このような脳活動の差異は、発話者の意図を推定する際に、発話の文字上の意味と言い方(プロソディ)など矛盾し得る情報を適正に統合して発話意図を推定する能力の発達を反映している可能性が示された。今後はコミュニケーション障害が伝達意図理解をどのように制約するのか音声学的かつ脳科学的研究を積み重ねて明らかにし、臨床応用の可能性や新たな発話意図理解のスクリーニングシステムの構築を目指す。
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