研究概要 |
本年度は,以下の2点において極めて重要な研究成果を得た。(1)生体内に多量に存在する金属カチオンであるNa+やK+などは,芳香環を有するアミノ酸とカチオン-π相互作用を形成し,タンパク質構造やドラッグ(タミフルや抗アルツハイマ薬など)との相互作用等に重要であることが知られている。本研究では,T1リパーゼの結晶構造(2008年)を用いて,活性部位のPhe残基近傍に見られる球状の電子密度がNa+によるものであることを理論的に示し,Phe側鎖とNa+とがカチオン-π相互作用を形成していることを示した。これは,CCSD(T)による極めて高精度なQM計算を実行した後,カチオン-π結合の古典場におけるエネルギ関数を新たに導出し,これを用いてMD計算を実行することにより導かれた結果である。現在,国際的にみても唯一の計算法であり,さらにカチオン-π結合の生物機能を詳細に解明した最初の例でもある。(2)現在,最先端の解析手法のひとつであるQM/MM-MD計算を駆使して,アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)によるエディティング反応の機構を詳細に解明した。その結果この反応は,aaRSによる反応ではなく,驚いたことにtRNA側が反応を駆動していることがわかった。すなわちこれは「リボザイム」である。しかしtRNAが単独ですべてを行うわけではなく,同時にaaRSが遷移状態のエネルギを低下させることもわかった。よってこれは,リボザイムとタンパク質が共同で作用する「ハイブリッド触媒」であり,これまでのタンパク質酵素やRNA酵素に続く「第3の酵素」の発見を意味するものである(DNA触媒は試験管内のみの反応で生物機能は無く,よって生体触媒=酵素とはいえない)。しかもこの反応はaaRSのみならず,リボソーム(本年度ノーベル化学賞)においても見られ,生体システムにおいて広く用いられていることも明らかになった。本年度のこれらふたつの成果はいずれも,関連領域専門誌の中でトップジャーナル(full paper)である米国化学会誌(JACS)に掲載された。
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