研究概要 |
本年度は,アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)によるエディティング反応について,Leu以外の系でもハイブリッドQM/MM MD計算を完了した。その結果,Leuと類縁のValの系では,従来予想されていた反応機構とは全く異なる結論が導かれた。従来の生化学実験によれば,活性部位近傍のAsp残基(求核剤として水分子を活性化すると推測された)を変換したValRSの変異体においても,そのエディティング活性が十分に維持されることが明らかになっていた。ところが上述の理論解析によれば,逆にそのAsp残基が水分子の活性化に重要であるとする結果を得た。これは一見,計算結果が実験結果と根本的に矛盾している。そこでさらに,先のAsp残基の変異体に対しても新たにハイブリッドQM/MM MD計算を実行し,その反応機構を解析したところ,同変異体ではAsp残基の代わりに,tRNAが重要な役割を有することが分かった。これは,Leuの系で我々が初めて見出したハイブリッド触媒(21年度)と同等の機構である。これにより,先の生化学実験との矛盾を合理的に説明することが可能となると共に,通常のタンパク質触媒とハイブリッド触媒とが,わずか1残基の変異によって変換し得ることも分かった。この結果はaaRSの分子進化においても非常に重要な意味を有する。またaa蛤と同様に翻訳において重要な機能を有するGatCABについて,反応基質のタンパク質内輸送機構の解析を完了し,一方向性の基質分子の流れを創り出すバルブ機構を初めて見出した。またシトクローム酸化酵素では,その電子移動の機構を解析し,CuAサイトにおけるMet残基の役割を初めて詳細に明らかにした。これにより,従来はCuAサイトに関する実験結果に矛盾が見られたが,本研究によりその合理的な説明が与えられた。このように本研究を通して,生命機能に不可欠な幾つかの生体高分子系で,立体構造と電子構造のダイナミクスのレベルにおいてそれらの機能メカニズムが初めて詳細に明らになってきた。
|