高分子薄膜のガラス転移温度がバルクでの値と比べて、多くの場合に低下することは様々な実験手法により確認されている。しかし、その物理的な起源については高分子鎖の閉じ込め効果、表面界面の効果、基盤との相互作用など種々の要因が考えられ、十分に解明されたとは言いがたい。本研究では、積層高分子薄膜のガラス転移ダイナミクスを測定することにより、高分子層間の相互作用がガラス転移温度のバルクからのずれ(低下)に果たす役割を明らかにし、ガラス転移の膜厚依存性の起源に迫りたい。対象とした系はポリ2-クロロスチレン(P2CS)であり、この高分子の12nmまたは18nmの超薄膜の10層からなる積層薄膜を水面展開法により作成し、この積層薄膜を120℃または140℃で2時間アニールし、測定に使用した。電気容量の温度変化測定により、これらのガラス転移温度を測定し、単層および積層P2CS薄膜でのガラス転移温度の膜厚依存性を実験的に求めた。その結果から、積層薄膜のガラス転移温度はバルクのガラス転移温度よりも低いだけでなく、単層での同一の膜厚のものよりも10℃近くも低下していることがわかった。ここで用いた単層高分子薄膜は片面が基板に支持されたものであるので、積層薄膜での高分子層間の相互作用は単層高分子薄膜での界面・表面相互作用の平均よりも弱いため、より大きなガラス転移温度の低下が生じていると考えられる。さらに、アニール温度が上昇すると積層薄膜のガラス転移温度は上昇し、バルクでの値に近づいて行くことが観測された。このことにより、積層薄膜で観測されるガラス転移温度の低下は界面相互作用により強くコントロールされていることが明らかとなった。
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