研究概要 |
酵素反応をはじめとする生体内反応や溶液内での化学反応の機構とダイナミクスを解明することは、現在の理論化学研究の最も重要な課題の一つである。これら凝集系における化学反応を取り扱うには、反応場としての溶媒やタンパク質の熱揺らぎについて統計平均を取った自由エネルギー曲面に基づく解析が不可欠である。本年度は、これまで開発してきた平均場QM/MM自由エネルギー法のさらなる技術的改良と応用研究を進めた。平均場QM/MM自由エネルギー法は、反応系の電子状態とMM環境の作る平均場をセルフコンシステントに解くことで自由エネルギーを精度良く計算するための方法である。本年度はまず、溶媒などのMM環境が電子分極可能な場合に反応の自由エネルギーがどのような影響を受けるかについて系統的に調べた(JCP,2012)。その結果、有機溶媒や低誘電率環境(特にタンパク質)では電子分極の効果が凝縮相中での反応障壁を大きく変えうる事を明らかにした。次に、計算をより安定かつ精度良く行えるようにするため、反応系の電子密度をダイレクトに取り扱う方法(JCTC,2013)やスクリーンされた電荷モデルを用いる方法(CPL,2012)を開発し、これまで難しかった系について実験と良い一致が得られる事を示した。次に、ユビキノールとビタミンEの関与する抗酸化反応を3D-RISM-SCF法によって調べ、4000倍を超える非常に大きなトンネル効果があることや、ドナー・アクセプター間のバインディングが活性化エネルギーをほぼゼロに下げるために重要な役割を担っている事を明らかにした(投稿準備中)。これは、生体膜中の抗酸化反応において水素のトンネル効果が重要な役割を担っていることを示唆している。また、溶液中塩基分子(チミン)の円錐交差を経由する電子緩和メカニズムを解析し、気相中・溶液中で異なる緩和経路が関与している事などを明らかにした。
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