研究概要 |
今年度の目標は従来数十μmであった陽電子ビーム系を数μmに縮小化するための光学系を開発することであった。従来の光学系に集束レンズを一段挿入し,対物レンズの改良,そしてアパーチャーの挿入を実施して9μmまでの集束に成功した。アパーチャーの導入はデータの信頼性に大きな効果があることがわかった。アパーチャーがない場合には本来の光学系で輸送されない陽電子ビームも試料近傍で照射され,そこからの対消滅γ線が実際のデータのバックグラウンドとなっていた。その効果はおよそ40%と見積もられ,その影響を排除することに成功した。原理的には陽電子の固体中での拡散を考慮するとこれ以上の集束という開発意義はほとんどないため,本手法の光学系の開発はこれで完了したといえる。 応用例としては,磨耗による静的付与と動的付与の欠陥導入の分布の差について計測を試みた。静的付与においては等方的に欠陥は導入されるが,動的付与においては遠心力が印加される外径方向に欠陥が導入されることを明らかにした。ただし,なぜそのように不均一に欠陥が導入されるかという機構解明は今後の課題である。 もう一つの応用として鉄の水素脆化機構解明に取り組んだ。単なる水素チャージのみでは有意な差は認められないが,変形により欠陥形成に大きな差が生じた。水素チャージ材では空孔クラスターの形成が顕著であり,回復過程を調べてもより安定に存在することを明らかにした。一方で,破断に至る過程は予測不可能な局所領域での現象であり、本法による欠陥の局所分析が今後の本質的な原子論的観点からの解明に役立つことが期待される。来年度は同一試料での変形誘起の欠陥を追跡観察することを計画している。
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