鉄57同位体を付加した薄膜を試料として、核共鳴前方散乱X線の時間スペクトルの測定に着手した。方法の物理的な基礎は、核共鳴X線により励起された原子核の集団励起状態(核エキシトン状態)の緩和過程が格子原子の移動により促進されることである。 今年度の研究では、真空雰囲気において広い温度範囲で前方散乱時間スペクトルの測定をSPring-8およびKEK PF-ARのビームラインを利用して行った。また、時間スペクトルの解析を行うためのソフトウェアを開発し、広い時間範囲で実験データをフィッティングすることに成功している。予備実験のレベルではあるが、原子拡散定数を得られた時間スペクトルから算出すると、純鉄に比べ数桁大きな拡散係数の値を得た。キュリー点以下の強磁性領域では、ゼーマン効果による核準位の分裂に起因する量子ビート構造が時間スペクトルに重畳することにより、拡散過程に起因する緩和時定数の推算を困難となる。今回、磁場の印加により、核準位間の遷移を選択することによって量子ビート構造の単純化を試みた。これらの一連の実験の結果、時間スペクトルから原子拡散係数を精度よく測定するためには、非弾性散乱過程を、コヒーレント散乱過程と同時に計測しておくことが重要であるという結論を得た。これらの知見を総合して、超高真空雰囲気および水素原子線照射雰囲気において薄膜試料を用いた時間スペクトル測定を行うための装置の開発を進め、放射光施設への運搬が可能なコンパクトな実験装置の設計を完了した。
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