研究概要 |
本年度は計画の最終年度にあたり,KEKおよびSPrirng-8の核共鳴X線散乱用ビームラインによる実験のまとめを行うとともに,実験データの解析とその解釈についての考察を行った.試作を重ねて開発された実験技術は,次のようなものである.:高圧実験は小型キュービックアンビルプレス(サンプル寸法6mm立方).水素源は,加圧されたBNキューブ内に封入されたアンモニアボラン(NH3BH3)の熱分解反応.試料は,57Fe富化した多結晶箔ディスク(平均厚さ4μm,径0.6mm).試料の加熱は,円筒状のグラファイトヒータにより,温度計測は極微細熱電対を使用.時間スペクトルの量子ビート構造を単純化するための外部磁場の印加. 本研究の中心テーマである表面近傍原子拡散過程については,以下の結論を得た.(1)690-960℃の試料温度範囲において,核共鳴X線散乱時間スペクトルより得られた57Fe原子の格子サイトからのジャンプ頻度はlxEO6/sであり,2,8GPa以下の水素圧力では水素の有無によらないことが明らかになった,この結果,表面近傍の原子拡散に関しては,水素の存在による空孔生成は原子拡散を制御する主要な要因ではないことが結論された.結論は,多結晶箔試料に限定されるものではあり,今後,単結晶試料表面での測定を実施することが重要となった.(2)高圧水素雰囲気において57Fe箔の超微細準位の測定が可能となったことにより,内部磁場の温度依存性の詳細が解明された.2.8GPaの水素雰囲気圧の下では,-640℃で強磁性相から常磁性相への転移が観測され,一次の相転移の特徴を示した.これは,水素の溶存によりα相(bcc)からγ相(fcc)への転移温度が降下したためと考えられる.より高い温度領域(920℃付近)では,水素の存在による時間スペクトルの不可逆的な変化が観測された.これは,水素溶存による融点降下のためと考えられる.本研究で開発された高圧水素雰囲気核共鳴X線前方散乱の時間スペクトル解析法は,高水素圧での鉄の物性を解明する手法として極めて有用であることが実証された.
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