研究概要 |
周波数チャープのかかったフェムト秒レーザーパルスを2つに分岐し、再び重れ合わせることで、差周波数一定の励起光を生成し,コヒーレントラマン信号を観測するSpectral Focusingという手法がある。本研究課題の「時間領域コヒーレントラマン分光法」はさらに周波数チャープを逆分散で補償することで,コヒーレントラマン信号および励起光を短パルス化して,時間領域でコヒーレントラマン信号を分離検出する世界的に類例のないユニークな手法である。THz帯(およそ30GHz~12THz)のラマンシフト周波数領域で特に有効な手法であり,生体分子のTHz帯振動モードを観測し,生体分子の機能解明に役立てることを目的として開発されたものである。しかし,THz帯のラマン信号は一般に弱く,明瞭な分子振動のラマンバンドを検出することは,通常のラマン分光法においても困難であり,これまでに報告されている例もきわめて少ない。このためコヒーレントラマン信号の信号対雑音比(SNR)を改善することが重要である。当該年度は昨年度に引き続き,SNRを改善する試みを実施し,(i)試料に入射する励起光強度の最適化,(ii)励起光の偏光を制御することによる非共鳴バックグラウンドの抑制,によりさらにSNRを改善することができた。これにより,標準試料として用いているGaSeの複数の光学フォノンバンドをにより明瞭に観測することができるようになった。開発した時間領域コヒーレントラマン分光システムではフェムト秒レーザー光源として40フェムト秒のレーザー光源を用い,約300GHzから18THz程度(10cm^<-1>~600cm^<-1>)までの測定帯域を得ることに成功している。本システムを用いて,水溶液状態の有機分子,タンパク質分子などの測定を行ったが,THz帯の振動モードの検出には残念ながら至っていない。 一方,本研究課題では生体関連分子のテラヘルツ帯ダイナミクスを、振動分光法としてラマン分光と相補的な関係にある吸収分光により研究することも課題の一つとしているが,プロピオン酸およびプロピオンアルデヒドの純液体をテラヘルツ時間領域分光法により測定し,プロピオンアルデヒドでは、50cm^<-1>付近にブロードな吸収バンドが観測されC-H…Oの弱い水素結合の存在(およびこの水素結合による分子間振動)を示唆する結果を得ている。 以上のとおり、本年度は課題とする時間領域コヒーレントラマン分光のSNR改善を達成し,またテラヘルツ時間領域分光法により、有機分子間の弱い水素結合についての有用な知見を得ることができた。
|