研究概要 |
ビーグル犬(体重約10kg)の胸部大動脈をサンプルとし,内腔に段階的に水圧(0,53,105,155,250mmHg)与えた時の内径を計測し,得られた内径に一致する外径のシリコン棒を作製して同動脈内に挿入することで,血管拡張時の状態を模擬した.厚さ1mmの輪切り断面切片を作製し,生殿塩水中で,先端径約5μmのプローブを用いて2μm間隔で表面を走査することでTMS測定を行った.各切片はシリウスレッド染色後,偏光顕微鏡を用いてコラーゲンの配向を観察した.生理的条件を含む無圧から高圧負荷状態に至るまでの血管壁内の弾性率分布の変化の過程を観察できた.コラーゲン線維はエラスチン線維に比べて単体では弾性率が高いことが一般に知られているが,組織内部においては,存在形態(密度や配向、周囲環境)によって弾性率が大きく異なることが考えられる.従って,生体組織本来の力学的性質を知るためには、in situでの精密計測する必要がある.そこで,より生理的環境に近い状態を模擬し,組織内部構造と弾性率との相関を取りながら行った. 血管壁は低圧域では伸びやすく,高圧域では硬く伸びないJカーブと呼ばれる内圧-歪み曲線を示す力学的性質を有することが知られている.この二面性に対して,低圧域ではエラスチン線維が高圧域ではコラーゲン線維が寄与していると説明されてきた.しかし,本研究によって、生理的な血圧の変動の範囲ではコラーゲン線維の力学的な寄与は少なく,弾性はほぼエラスチン線維によって担われていると考えられた.また,エラスチンは高圧域においても血管弾性に大きく寄与していることが分かり,高圧域で急激に弾性率を高めたコラーゲン線維と共に耐圧性を担保していると考えられた.生理的環境下において変動する動脈の動的な動きを断片化することで,動脈壁内部での力学的構成成分の変遷過程を追うことができ,生理的環境下では力学性性質にエラスチン線維が大きな役割を果たしているとの結論を得た.
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