1.東アジア中世における首都の変容と空間構造 首里と首都機能を分担した貿易と外交の都市、那覇について、文献史料による地域変遷の仮説とボーリングデータによる解析結果をGIS上にて組み合わせ、近代に大きく改変された那覇の景観を復元することができた。これにより「浮島」であった古琉球那覇から近世那覇への都市化の過程を明らかにした。あわせて那覇の都市形成に深くかかわる渡来中国人の信仰対象であった天妃宮について、古琉球期には上天妃宮と下天妃宮のほかに、波上の地にもう一つの天妃宮が存在したことを明らかにし、これまでの定説を一新した。また天妃宮の機能の推移が久米村(華人街)の変遷、地域形成と深い関係にあることを示した。 2.東アジア中世の首都-共通性と固有性 首都のみならず中世都市の空間構造を分析する視点について作業仮説を構築することができた。これにより空間構造の基盤をなす要素・要因についてとくに都市思想・環境理念、自然との関係に配慮し、明快に比較検討を進めている。 3.西洋中世における首都の変容と空間構造 日本の辻子・巷所や中国の侵街などと同様の都市現象について実地調査を行い、ウィーンとザルツブルクにも辻子的現象が存在することを確認した。そしてパリのパサージュのような事例とは異なる、日本の辻子に類似した事例があること、すなわちヨーロッパには少なくとも2つの類型があることを把握した。 またブダペストの都市構造は、エジンバラ、そして首里と那覇の関係とも類似し、首都の空間構造を把握する上で示唆的であるという理解を得た。
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