研究概要 |
我々はこれまでに線虫C.エレガンスの塩類への化学走性に関わる連合学習にインスリン/PI3キナーゼシグナル伝達経路が重要な働きをすることを見いだしている。本研究では、この経路がどのように学習を制御するかをさらに詳細に明らかにする研究を進め、本年度、以下の成果を得た。 1)線虫は餌のある状態で塩を経験すると塩に誘引される。しかし、餌のない状態で塩を経験すると塩を避けるようになる。塩への誘引において主に働く左右一対の感覚神経、ASELとASERの双方がこの行動可塑性にも寄与することがわかった。しかし、PI3キナーゼシグナル伝達経路が活性化すると、ASERが忌避行動を引き起こすがASELは依然誘引方向に寄与することがわかった。さらに、PI3キナーゼ経路が活性斗化したdaf-18PTEN変異の抑圧変異として分離されたGqαegl-30と受容体型グアニル酸シクラーゼgcy-22の機能を調べたところ、Gq、ジアシルグリセロール、nPKCからなるDAG経路がASERの誘引行動を強めるが、ASELには影響せず、GCY-22はASERでのみ働き誘引も忌避にも必要であることがわかった。左右の感覚神経が異なる分子機構で行動変化を引き起こすという興味深い知見となった。 2)トロント大学のAnthony Lin, Derek van der Kooyらと共同でインスリン経路の匂いへの応答の可塑性における機能を調べた。餌のない状態で匂い物質ベンズアルデヒドに曝されると線虫はベンズアルデヒドを忌避するようになる。インスリン/PI3キナーゼ経路はこの行動可塑性にも必要であった。インスリン経路は記憶の形成時に飢餓シグナルとして働くことが推定されているが、インスリン受容体daf-2の温度感受性変異体を用いた温度シフト実験の結果、DAF-2は記憶の形成に加え記憶の想起に重要な機能を持つことが明らかとなった。
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