口蹄疫や新型インフルエンザの流行を見ても明らかなように、流行がどのような速度で、どこを拠点に、どこを突破口として拡大していくか、そしてそれを防ぐための有効な手段がなんであるかを明確にすることは極めて重要である。このような予測を可能にする空間明示モデルの開発と解析が大きく立ち後れている現状を打開するため、本研究では、伝染病の時空間構造に大都市圏の交通流動のデータを適用することにより、病原体の流行動態を宿主の日常的な交通流動ネットワークの上に載せ、新型ウイルスが上陸した場合の流行過程を時間・空間明示的に予測する理論を構成を目指した。 大都市圏内における人口動態を定量的に把握するために、大都市交通センサス・データ(国土交通省)を用い、鉄道駅間輸送データを基に通勤・通学人員の流れのデータをプログラムに埋め込んだ。空間上のノードとノードの間の流れに乗って毎日集合と離散をくりかえす宿主に対する病原体の感染動態を構成することにより、いわば「毎日息をする」ネットワーク上での感染拡大を数理モデル化した。 個体ベースモデルを用いてシミュレーションを行ったところ、初期感染者を導入した駅の規模が大きく、感染力が強い程、感染症流行が起きる割合が高くなり、感染症流行が起った際の各駅への感染症到着時刻も早まるという結果が得られた。一方で流行の最終規模の大きさは感染力の強さのみに依存することが分かった。また、各駅での感染症到着時刻は各駅の利用者数に対してべき則に従う形で分布することが分かった。 シミュレーションで得られた流行のための条件や、流行までの待ち時間、流行の規模等を、ネットワークのトポロジーの特性(ノードあたりの接続数、結合度、「小さな世界」の度合いなど)や、さらに人の活動性の指標(中心部への流量、一日の平均移動距離など)の関数として定義する数学的な解析を開始した。また、ネットワークの特定のノードに最初に感染者が到達した後に、その後の流行拡大の過程を、集合離散行列の固有ベクトルで予測する手法を構成し、この逆問題を解くことにより、ある時点の感染者の空間分布から、最初の感染者が出現した位置を推定する理論も構築中である。
|