本研究は脳の高次機能の基盤とも言える神経可塑性の制御機構について、HNK-1糖鎖を分子プローブとしてのその総合的な理解を目指している。本年度は以下の2点について研究を行った。 1)スパインの形成におけるHNK-1糖鎖の役割 HNK-1糖鎖合成酵素遺伝子(GlcAT-P)欠損マウスでは脳内のHNK-1糖鎖が消失し、海馬CA1領域における長期増強現象と記憶学習機能に異常が観察されていた。そこで長期増強に異常が見られた海馬CA1錐体神経細胞に着目し、脂溶性蛍光色素(DiI)を用いてin vivoでの神経突起の詳細な形態観察を行った。その結果、GlcAT-P遺伝子欠損マウスにおいて樹状突起スパインの成熟異常を見いだした。この異常は、海馬初代培養神経細胞を用いたin vitroでの系でも再現され、GlcAT-P遺伝子の導入により形態異常は完全に回復することを示した。また、免疫蛍光染色によりGlcAT-P欠損神経細胞では、シナプスがスパイン上ではなく樹状突起シャフト上に異所的に形成されることを見いだした。 2)HNK-1糖鎖の発現調節機構 本年度は、GlcAT-Pに存在する2つのアイソフォーム(アミノ末端に13アミノ酸の有無が選択的スプライシングにより決定される)によるHNK-1糖鎖の発現調節に関する研究を行った。その結果、2つのアイソフォームの試験管内でのグルクロン酸転移活性は同等であるにもかかわらず、細胞内では短いアイソフォームが長いものより高いHNK-1糖鎖合成活性を有することが明らかとなった。その原因として短いものはその大部分がゴルジ体に局在するのに対し、長いものはゴルジ体以外にERにも局在することが明らかとなった。その局在を調節する機構としてGlcAT-Pの膜貫通領域近傍に存在するdibasic motifが重要であり、さらにCOPII小胞の構成因子であるSar1が関与していることを明らかにした。
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