研究概要 |
近年、申請者らは、糖鎖遺伝子を用いて細胞の糖鎖を人為的に改変して細胞の性質を変換させる手法を用いて、糖鎖が単なる飾りではなく、さまざまな生物機能の発信源であることを明らかにしてきた。例えば、N-アセチルグルコサミン転移酵素V(GnT-V)を過剰発現させると実験的にもがん細胞の転移が促進することに対して、GnT-Vが作る糖鎖構造を、別の糖鎖遺伝子GnT-IIIの過剰発現によって糖鎖工学的に破壊すると、がんの転移が著しく抑制される。これらの重要な糖鎖遺伝子の発現は、細胞間接着によって制御され、機能する。面白いことに、WntシグナルがGnT-IIIの発現に大事な役割を担っていることが最近明らかとなった(Xu, Q., et al., J. Biol. Chem. 286: 4310-8, 2011)。申請者らは、高密度培養システムを用いて細胞間接着によって特異的にGnT-IIIの発現誘導機構が正常乳腺上皮や乳がん細胞ともに存在することを確認した。驚いたところ、E-カドヘリンのアドヘレンス・ジャンクションを形成する一員であるβ-カテニンをノックダウンすると、予想に反してGnT-IIIの発現が上昇した。即ち、WntシグナルはGnT-IIIの発現を抑制する。統合的に考えると、GnT-IIIの発現には、促進的に働く細胞-細胞間接着と抑制的に機能するWntシグナルという二つの調節機構が存在することが示唆された。今後、GnT-IIIの発現誘導機構をさらに明らかにすることと同時に、糖鎖発現の本質的な意義を解明する。
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