本研究は分子モータータンパク質キネシンがATP加水分解によって得られたエネルギーを仕事に変換し、さらに二つの頭部を交互に動かして二足歩行する仕組みを「構造レベル」から明らかにすることを目的とする。そのために本年度は、これまでまだ解か れていなかったヌクレオチドが結合していない状態でのキネシンモータードメインを結晶化し、その構造を解析した。すでに解かれているATP結合またはADP結合状態のキネシンの構造と比較したところ、ヌクレオチド結合部位が閉じた構造をとることや、二つの頭部をつなぐネックリンカー部位の根元の構造が変化することが明らかになった。このような構造変化により、ADP解離後はネックリンカーの向きが進行方向とは反対方向に束縛されやすくなることが示唆された。この仮説を検証するために、ネックリンカーに特異的に金粒子を結合させ、その位置をクライオ電子顕微鏡で観察したところ、金粒子の位置がネックリンカーの根元から後方にシフトすることが裏付けられた。このようにヌクレオチドフリー状態でネックリンカーが後ろを向きやすくなることは、二量体キネシンの運動において、二つの頭部が前後関係を認識し互いに協調し合うために重要であると考えられる。これを検証するために、ネックリンカーを人工的に伸ばして向きの自由度を増した変異体キネシンの微小管上での構造状態を-分子FRET法で観察したところ、前後の頭部のネックリンカーがどちらも同じ方向を向き、頭部のヌクレオチド状態が同じになることが示された。これらの結果はネックリンカーの引っ張られる向きによってキネシン頭部は前後を区別し、二つの頭部が協調して二足歩行運動を行うことができるという仕組みを示唆するものである。
|