チンパンジー、マカク類(ニホンザル、アカゲザル)、コロブス類(white-headed langur)等の苦味受容体について遺伝子解析を行った。これらのアミノ酸置換により受容体の特性が変化する可能性が予測されたので、様々な種や個体の遺伝子配列比較から候補となるアミノ酸残基を抽出し、細胞レベル・個体レベルの実験により検証した。具体的には、苦味受容体として樹皮等に含まれる苦味物質βグルコシドを受容するTAS2R16を対象に、このような種間の反応性の違いを行動レベルで検討した。タンパク質・細胞レベルの特性を検討するカルシウムイメージング装置によるリガンド結合実験によると、ヒトとチンパンジー、ラングール、ニホンザルといった種間で相同遺伝子産物でも受容体の反応性が異なることがわかった。特に、ヤナギの樹皮に含まれるサリシンに対する反応性はヒトとニホンザルで大きく異なり、ニホンザルはヒトよりも10倍近く感受性が低いことがわかった。そこで前年度までに整備した二瓶法(two bottle test)を用いた行動実験によりその傾向を検証した結果、行動レベルでもニホンザルはサリシンに対する感受性がヒトよりも10倍近く低いことがわかった。これらの原因となるアミノ酸残基を同定するために、マカク類特異的に変異が起こっている部位を対象としてヒト受容体の部位特異的変異体を作成し、効果を検討した。その結果、3番目の膜貫通領域に存在する86番目のグルタミン酸(E)をマカク型(T)にすると感受性が大きく下がることが分かった。この部位をマカク型(T)にしたラングール受容体でも感受性が低下し、逆にその他の霊長類型(E)にしたマカク受容体では感受性が増加した。これらの結果、ニホンザルなどのマカク類ではこの部位のアミノ酸置換によりTAS2R16の感受性が低下し、その結果、樹皮などの苦味を感じにくいため採食対象となりうることが示唆された。
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