生殖細胞は、分化全能性をもつ受精卵をつくりだすだけでなく、培養するだけで分化の多能性を獲得するというユニークな性質をもつため、幹細胞システムを研究する上で有用な細胞である。私たちは、生殖細胞と多能性幹細胞を中心に、リン酸化酵素シグナルが果たす機能について研究を行っている。これまでに、リン酸化酵素PI3K(phosphoinositide-3 kinase)/Aktシグナルにより、生殖細胞において多能性の獲得が促進されることを明らかにしてきた。また、前年度までに、このリン酸化シグナルは、胚性幹細胞(ES細胞)の未分化性を支持すること、人工多能性幹細胞(ips細胞)の誘導効率を促進すること、組織の幹細胞の活性化や分化を制御すること、も明らかにしている。 本年度は、まず、別のリン酸化酵素を小分子化合物により阻害することで、胎仔期の生殖細胞から多能性幹細胞を誘導できることを見出した。これらの化合物は、成体の生殖細胞からの多能性幹細胞の誘導や、組織の幹細胞の人為的制御などに使用できる可能性がある。 また、試験管内において、ES細胞から生殖細胞を分化誘導する研究も行った。生殖系列の細胞は、中胚葉誘導時に多能性をもつ細胞から分化する。そこで、試験管内の中胚葉分化誘導系において、リン酸化酵素シグナルであるERKシグナルを阻害することで中胚葉分化を抑制したところ、胎仔期の生殖細胞に似た細胞を誘導することができた。この細胞は、胎仔生殖細胞と同様の遺伝子発現パターンを示し、多能性を保持していない。生殖細胞には細胞株がほとんどないため、試験管内の生殖細胞の分化誘導系は、生殖細胞の分化や生殖医療の研究において非常に有用な実験系になると考えられる。
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