ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)はエイズの原因ウイルスであり、これまでにウイルス蛋白質の機能を阻害する薬剤の開発によりHAART療法と呼ばれる多剤複合治療法が確立し、患者の予後は著しく改善された。しかし、ウイルスが高度に変異するために薬剤耐性ウイルスがしばしば出現し、現段階では最終的にウイルスを駆逐することあるいはAIDS進行を防ぐことは不可能である。そこでHIV-1の複製に関与する宿主因子を標的とした新たな治療法の開発が強く望まれており、本研究ではcDNA発現クローニング法によりHIV-1複製を阻害する細胞因子を同定するべく解析を行った。これまでに2種類の細胞因子cDNAの発現によりHIV1感染効率は5%以下となることがわかり、HIV-1本来の宿主であるTリンパ球由来細胞株でも同様な感染抑制が起こることを確かめている。感染抑制の分子メカニズムについては、ひとつの細胞因子は逆転写過程を抑制し、もうひとつの細胞因子は逆転写産物の核内移行を阻害していることが判明している。HIV-1逆転写にはウイルスDNAの2回にわたるジャンプを含む複雑な過程が想定されており、その中のどの過程が阻害されるのか、得られた細胞因子がウイルスRNAに結合するのか、などについて現在解析中である。HIV-1が属するレンチウイルス属においては、逆転写産物複合体が核膜孔を通過することで細胞分裂に依存しない効率的な標的細胞感染を達成していると考えられており、核内移行を阻害する細胞因子はこの過程に深く関わると予想している。いずれの細胞因子も過剰発現されているにもかかわらず培養細胞の増殖や表現型に影響が見られないことは、ウイルス複製抑制効果が細胞の生理的活性の抑制を介する間接的なものではないことを示唆しており、特筆すべきことである。
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