以前の研究で我々は、過剰なインスリンシグナルが細胞老化シグナルを活性化し、血管の老化に関与することを示唆した。心臓においてインスリンシグナルは、保護的に働くという報告もあるが、臨床研究では高インスリン血症が心不全の発症と相関があること、糖尿病患者に対してインスリン強化療法を行うと心血管イベントが増加することなどが報告されている。本研究では、過剰なインスリンシグナルが心不全の発症に関与しているかどうかを検討した。圧負荷モデルを作成すると心臓におけるインスリンシグナルが活性化していた。ストレプトゾトシンでインスリンシグナルを阻害すると、血糖の上昇はみとめられたが、圧負荷による心不全の発症が抑制された。病理所見では、心筋細胞の肥大の抑制とともに、相対的な血管密度が増加していた。このマウスをインスリンで治療すると、血糖は正常化するが、血管密度は低下し、心機能の悪化がみられた。インスリンで治療したマウスにさらに血管新生因子を投与すると、インスリンによる心不全の誘導は抑制された。心筋特異的インスリン受容体のヘテロ欠損マウスにおいても、圧負荷による血管密度の低下は抑制され、心不全の発症が阻止された。圧負荷によって誘導される心不全の状態では、脂肪の炎症などに伴うインスリン抵抗性が惹起され、高インスリン血症を来すのに対して、心臓においては圧負荷によってインスリンシグナルが伝達しやすくなっており、これらが相まって過剰なインスリンシグナルの活性化がおこるものと考えられた。
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