研究概要 |
本研究の目的は,信仰の「場」の現地調査を通して密教芸術の基層文化の把握にある。すでに実施した平成23年度夏の一次調査は,中国側への流入口となった河西回廊東南端にあたる青海省(東チベット・旧アムド)の黄南チベット族自治州同仁県から海東地区,及び冬の二次調査で同仁県の密教寺院における新年のモンラムを調査した。その結果,インドで誕生した原始仏教が密教へと変容する過程のなかで吐蕃時代より現在にいたるまで信仰の「場」がいまも点(信仰拠点)-線(経路・巡礼・交易路),ならびに面(文化圏)を形成し持続していることが確認できた。 本研究がすでに実施した調査は,ヒマラヤ北縁部中国側の河西回廊の甘州・敦煌莫高窟から蘭州・柄霊寺石窟に至る石窟寺院調査(平成21年度),およびヒマラヤ南麓・インド側山岳部スピティ渓谷の寺院調査(平成22年度)により今もヒマラヤの巡礼路沿いに密教美術の造形と表現が息づき文化流出/入の一端が確認できた。このことから従来の敦煌を代表にした河西回廊に関する多くの研究が,交易路としてのシルクロードと西域の断片的な把握にもとづいてきた文化観に偏りあることを見いだすことができ,そのためにヒマラヤを超えて吐蕃時代に各地に拡散したインドや中央アジアの文化的影響を見直しを可能としている。 すなわち本研究で明らかになった事は,ヒマラヤ北縁の密教文化圏がインドと吐蕃,中央アジアの文化的な流出/入として頻繁かつ継続的に影響しあい信仰の拠点がひろく巡礼と交易路の線となり,面となった「場」が結ばれて,最終的にヒマラヤの文化圏が大きく形成され,交易路沿いのみならず吐蕃の密教文化が西安-中原,内蒙古へ巡礼路が現在も息づいている事を確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の仏教-密教芸術の文化的蓄積について現地調査をすすめ,昨年度までの現地調査は,順調に進展した。しかし中国甘粛省,新疆ウイグル自治区が少数民族の政治動乱状況(民族的小紛争)とチベット共産党結成60周年記念行事などで大幅な入境制限があった。そのため夏の寺院調査と冬のモンラム行事と寺院の二次調査と周到な調査の実施により当初の目的を達成している。
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今後の研究の推進方策 |
現在推進中にある密教信仰の調査研究を通じ文化的な基層の解明を今後も継続推進する。ヒマラヤ山脈周緑部の信仰実態の調査から明らかとなった点は,交易が大きな比重をしめたシルクロード中心の文化交流観にたった従来の研究視点にたいして本研究の視点である,信仰と巡礼が中央アジアの美術で基層をなした文化であることが予想以上に明かとなった。巡礼は教団-出家者のみならず在家信者(地方の王族,寄進者をふくむ有力者)が信仰拠点(点)をもとに有機的にむすびつける線(経路・巡礼・交易路)ならびに面的(文化圏)にくりひろげられた信仰活動を基本に成立している事からもわかる。従来のシルクロード交易を基調にした中央アジアの文化交流の視点を,今後の研究でヒマラヤを中軸とする信仰-巡礼観からとらえ直す必要性がある。そのため今後の研究方向は,カシミール国(現ヒマルチュリプラディシュ州最奥部ラダック),古代の密教の大聖地のウディアナ国(現パキスタン・スワート),ならびにグゲ王国(現西チベット)の寺院調査をあげる。すなわちこれらの地が巡礼による点-線,ならびに面がむすびついた文化圏形成に貢献したとする。従来の調査実績を踏まえて今後ヒマラヤ山脈周緑部の調査上の予測可能な障害は,不安定な気候に加え少数民族の政治的状況があるが,当地の基層文化の解明を確立したい。
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